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元補(3)守山分廠関係綴

守山分廠関係綴原簿表紙

【元陸軍兵器補給廠守山分廠関係綴】

 2014年7月21日、守山探検隊の当時会長だった故小島さんのお供で、名古屋
市政資料館の中にある名古屋市の公文書館を訪れました。小島さんはご執心
だった戦時中のB29の墜落について、墜落した場所の特定のために大区、小区の
資料を探されていました。私は守山探検隊の森孝コースの参考にと、元補すなわち
元陸軍兵器補給廠の資料を、二人別々に探しておりました。

 公文書館の収蔵品の検索PCで守山区に関連する資料を片っ端に調べていた時、
なんと補給廠そのものの簿冊を発見しました。書庫から出していただいたその資料を
見て飛び上がらないばかりに驚いて、私たち以外に閲覧者がいないことをいいことに
大きな声で小島さんに声を掛けてしまいました。

 それが上の画像の簿冊です。昭和21年1月起と書かれていますから、終戦後わずか
半年足らずでの起案文書になります。ページをめくると、補給廠跡地積調から始まって
幾度となく各種の払い下げ申請が国(東海財務局)と県になされた草案や下書きが
累々と続いていました。

 かって、[ 2014/08/28 10:51 ] 守山に存在したか?陸軍気球隊 と題して書いた
のもこの簿冊の中に綴られていました。名古屋市の他の区の場合、この手の資料は
とうの昔に廃棄されたか、外部の開かずの倉庫に放り込まれて二度と日の目を
見ないような扱いになっているかも知れないのに、よくぞ守山区!とひとしきりそんな
会話を公文書館の職員さんと交わしました。職員さんが仰るには、名守合併の時に
たまたま守山町にこの簿冊が残っていて、それを後日公文書館が引き取ったのだろう
とのことでした。

 小島さんは「どうだね、これで論文が書けるかね?」と声をかけてくださいました。
不肖の弟子はいまだに何ら行動を起こしておりませんが、その間には小島さんが
天国に旅立たれ、この件に関する私の記憶も薄らいでいることを危惧して、とりとめも
なく、この記録を展開することにしました。
[ 2020/11/19 21:00 ] 戦跡 | TB(0) | コメント(0)

元補(2)香流川物語

香流川物語20201118

【香流川物語 小林 元 著】

「元補」について一般的な書籍で広く世に知らしめたのは上の画像の
「香流川物語」であろうと思います。
著者は小林 元 氏で著作当時は奥付によれば名古屋市立大森中学校教諭と
なっています。
[ 2012/07/14 23:51 ] 小林 元先生のこと に少し書きましたが、小林先生は
私の猪高中学のときに在職されていて、直接教えをいただくことはなかったのですが
何かの機会に私のクラスの教壇に臨時で立たれたことがあり、社会科の先生なのに
すらすらと英文を板書されたことがあり、大変驚いた記憶があります。

後年になって、守山郷土史研究会で私が師と仰ぐお一人の徳田さんから、
小林先生の妹さんと徳田さんが中学の同級生であったことを教えていただき
それにも驚いたものです。

話がふくらみましたが、小林先生は「香流川物語」の中で元補について次のように
お書きになっています。

-----------ここから引用-------------
戦争もおしつまった昭和18年ごろのある日、森孝新田の人々は猪子石の月心寺に
集合するよう、陸軍から命令を受けました。月心寺には猪子石原や庄中向の人々も
来ていましたが、そこで人々は森孝新田を中心にして約13万坪の土地が陸軍に
よって接収されることを知らされました。当時軍の命令に不服を申し立てることは
不可能でした。人々は接収の書類に印をおし、わずかなサキイカと酒一合を
もらってすごすごと帰らざるを得ませんでした。接収された猪子石原の新引山から
森孝新田の西部と、森孝新田の中部から庄中向にかけての土地には、陸軍兵器
補給廠の建設が急ピッチで進められ、2か所の用地は広い道路で結ばれました。
現在八劔神社の前の道路が広くなっているのはその跡です。ここでは各地の
工場から集められた軍用のトラックや戦車などを検査して戦場に送り出す作業が
行われ、建設のための司令部になった月心寺では、夜中まで兵士が出入りし
非常な迷惑であったそうです。
 戦後この兵器補給廠の跡地は払い下げられて開墾が進められ、今はその
ほとんどが住宅地になってしまいましたが、昔の「甲、乙、丙」の地籍が
ここでは混乱してわからなくなってしまい、とうとう新しい地籍を作って、「元補」と
呼ぶことになりました。すなわち「元補」とは「元補給廠跡」のことで、あまり
ロマンチックな由来ではありません。
-----------ここまで引用-------------



[ 2020/11/18 22:06 ] 戦跡 | TB(0) | コメント(0)

元補(1)コースマップ

森孝新田コース(最終版)ブログ用

【守山探検隊平成26年度コースマップ】

 守山区役所の現、地域力推進室主管の守山探検隊が、平成26年度に開催した
「森孝・四軒家地区散策コース」のマップです。実際にはこの画像をもとに印刷所が
アレンジしたものが配布され、今でも区役所で配架されているわけですが、その
元になる画像データです。(貴重でも何でもありませんが・・・)

 今回からのブログのお話は、このマップのど真ん中に茶色で塗りつぶしたエリア、
すなわち「元補(もとほ)」についてです。

 現在は「元補」と言われても守山元補郵便局とか出来町通り元補交差点くらいしか、
公共的なもので元補を名乗るものはありません。地元の人でも若い方々は元補の
由来を知らないのではないでしょうか?

 元補とは元補給廠の略称なのです。
正確には、名古屋陸軍兵器補給廠守山分廠と言ったそうです。軍事用語は分かったようで
分かりづらいですね。陸軍で言ったところの補給廠とは、現在の物流センターのことです。
工場(陸軍工廠)や外注で製造した軍需物資を補給廠に集め、保管し、求めに応じて
各部隊に送り出す拠点だったのです。

 そんなお話を何回かに分けてお送りできたらと思います。
どんなタイミングでも構いませんので、「お前、間違っているぞ!」とか「もう少し
詳しく or わかりやすく」などご意見をお待ちしています。
[ 2020/11/13 22:38 ] 戦跡 | TB(0) | コメント(0)

大名古屋七七福神まとめ

大名古屋七七福神スタンプ展 表紙
【大名古屋七七福神 集印帖】

大名古屋七七福神の集印帖をもとに戦前の名古屋における七福神巡りの
一端をひもといてきました。ここで「まとめ」としてシリーズを締めくくりたいと思います。



大名古屋七七福神スタンプ展主催の印
【名古屋趣味のスタンプ会】

この集印帖(スタンプ帳)には書籍物にあるような発行年月日や発行者の名称、印は
まったくありません。もしかしたら帳面自体は普通の市販の汎用品を流用していたのかも
しれません。あるいはこのスタンプ帳は公式のものなのか、個人が購入して押し歩いた
ものなのかも定かではありません。
ともあれ、主催者はこのスタンプから「名古屋趣味のスタンプ会」とみてよろしいかと思います。

七七福神なのですから、全部まわると49のスタンプが押されていることになりますが、
数えてみると確かに49個のスタンプがありますが、次のような事情により49か所には
なっていませんでした。

東郊七福神の福禄寿の位置には弁財天が押されていてマイナス1枚。
宝生七福神の寿老人の位置には熱田七福神の宝船が押されてマイナス1枚。
蓬莱七福神の寿老人の位置には名古屋趣味のスタンプ会が押されてマイナス1枚
合計3枚が欠印となっています。

逆に、熱田七福神は宝船も押されていて番外が1枚プラスになっています。



七七福神連合会納経
【七七福神連合会納経】

欠印の状態にもかかわらず、「○○寺のスタンプが無い」と判断できたのは、
実は上掲画像の別の資料があったからです。
タイトルを「七七福神連合会納経」という和とじのもので、各寺院のご住職によって
あらかじめコース名、七福神名、所在地名、山号、寺院名などが1ページに
1寺院ずつ揮毫されたものです。
これを参照することで、スタンプの欠印寺院名を補完することが可能となりました。

またこの七七福神連合会納経は書籍としての体裁がとられていて、そこには
昭和10年発行、発行者は八角堂法蔵寺七七福神連合会常務・大澤眞應師のお名前、
印刷所および頒布所・東洋巌新社、後援・新愛知新聞社と書かれています。

愛知学院大学教養部紀要 61巻2号に収録の「名古屋の寺院に関する木版資料に
ついて(12)
」には次のように書かれています。

『さらに翌年3月(註:昭和10年3月)には、印刷所の東洋巌新社(中区矢場町)から
納経帳の『大名古屋八十八ケ所御納経』が発行された。この納経帳は札所寺院の住職に
よって番号、本尊、所在地、山号、寺号が揮毫されており、番外に大名古屋三大師の
寺院も加わっている。
 一方、納経帳とともに札所でスタンプを押印するスタンプ帳も発行されていた。
ただし、その発行年月日は明らかでない。「大名古屋八十八ケ所遍路スタンプ」と
題する折本帳となっており、札所の遍路スタンプがカラフルなカラーで押印されている
(後略)』

従いまして、納経帳は「大名古屋八十八ケ所納経帳」が先行販売され、その半年後くらいに
「大名古屋七七福神連合会納経帳」が発行されただろうことがわかります。
昭和9年から10年頃の新愛知新聞を丹念に読めば、広告・宣伝も含めてもっと
わかりそうですが、それはまたの機会にいたします。

[ 2020/11/10 12:00 ] 七福神巡り | TB(0) | コメント(2)

蓬莱七福神

蓬莱七福神スタンプ

【大名古屋七七福神 蓬莱七福神】

大名古屋七七福神巡りの最後は、わが町守山区の蓬莱七福神です。
蓬莱七福神のスタンプの特徴は、上が尖った栗の実のような形の中に、
七福神ゆかりの品物がモチーフであしらわれています。

七七福神の他のスタンプには無かった大きな特徴は、蓬莱七福神の名称が
角印で入っているところです。

長命寺さんと龍泉寺さんのスタンプが押されていなかったのはなんとも
残念なことです。
[ 2020/11/09 12:00 ] 七福神巡り | TB(0) | コメント(0)
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