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天王社(二軒家)

天王社20120827-0
瀬戸街道・喜多山バス停前の天王社さんです。
現在の地籍上は喜多山一丁目となりますが、古くは小幡字二軒家の天王社さんと言われました。



天王社20120827-1
バス停の真ん前にだだっ広い広場のような境内があります。
と言って子供用の遊具があるわけでもなく、広い敷地にポツンとお社が鎮座されています。




天王社20120827-2
広い境内は無駄に放置されているのではなく、おそらく往時はここで天王祭を
営むために空けてあったのではないかと思います。
お隣の大森では、天王祭で山車が巡行し、各島の天王社さんに立ち寄ります。




天王社20120827-3
おやっ、こんなところに仏様でしょうか?まるで円空仏のようですね。
バス停からでは小さすぎて気が付きませんでした。




天王社20120827-4
お社の後ろに、この天王社さまを建て(直し)た時の寄附者ご芳名がありました。
この天王社さまは、小幡の一番組さんのシマになるのですね。




天王社20120827-5
境内の中になんと庚申塔もありました。
もともとは別の場所にあったのでしょうけど、区画整理の時にこちらに遷座したのでしょうか。




天王社20120827-6

こちらは1982年の、守山東中学校の「郷土の歴史」より「小幡の天王社」、その中の
二軒家の天王社のページコピーです。
1982年当時はお社の覆い屋根の軒に電燈が付いていたようです。
現在はお社の左の脇に蛍光灯のポールが立っています。

追記:
前記の、1982年の守山東中学校の「郷土の歴史」より「小幡の天王社」によれば、
二軒家の天王社さんの創建は、お近くの宇佐見さん宅の古文書により天保3年。
また、天王社さんのお社の覆い屋根の瓦には「ともえ」の紋が入っている。
これは西島の天王社さんも同じ。
近在の江戸後期の民家にも、これと同じような紋が認められることから、
創建が天保3年というのが裏付けられる。

この中学校の研究発表は、先生のご指導のたまものですが、フィールド調査をよくこなした
立派な調査報告だと思います。
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[ 2012/09/27 23:13 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)
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