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鬼板、壺石、さざれ石

長野県木曽、伊那地方から岐阜県東濃を通り、愛知県尾張にかけて、地下水や泥水に含まれた
褐鉄鉱がまるでセメント材のようにまわりの小石を固めて、球形をなしたり、板状になったり
して出土される岩石があります。

前者を壺石、後者を鬼板と呼ぶようです。
含まれる褐鉄鉱が多いと、岩石が全体に錆で赤茶けております。
これがそうそうやたらに野山に転がっている訳ではなく、なぜだか神社によく見られます。

弁財天奥の院201105210000
最初に気が付いたのは、大森の金城学院大学の手前にある、弁財天さんの奥の院です。
ご神体をお祀りしているこの祠の上に重石のように乗せてありました。


吉根八幡神社
吉根の八幡さまでは手水舎の吐水口の後ろに置いてありました。


生玉稲荷201207150000
生玉さんの奥の方にもありました。


熊野社201208160000
そのうちに、こんな風に御嶽さんの築山に積まれているのにも気が付きました。
(熊野社さん)


社宮司神社201208270000
置き方もまちまちです。ただどう見ても実用品として置いてあるようには思えません。
(白沢 社宮司神社さん)


神明社201209130000
築山の岩石として置いたにしては、大きさも形も合っていません。
(西城 神明社さん)


白山神社201207220000
でも傾向としては、御嶽さんとの同居が多いのかなとも思えてきました。
(小幡中 白山神社さん)


白山神社201208170000
こちらも御嶽さんのお山の中にありました。
(市場 白山神社さん)


白山神社201209130000
これも鬼板と言うよりは、さざれ石ですが随分大きいです。
(西城 白山神社さん)

鬼板は非常に効率は悪いと思いますが、古代から製鉄の原材料として使われたようです。
古代の製鉄技術者集団にとってはメシの種でもあり、それゆえに神聖なるものでもあったのでは
ないでしょうか?
もしかしたら製鉄技術者集団は庄内川の両岸を、鬼板を採取しつつ移動していたのかも知れません。
龍泉寺さんの多羅々池伝説などは、ズバリ製鉄のタタラを連想させます。

もちろん御嶽さん信仰がムラに解放されたのは覚明霊神以降の江戸時代ですから、
製鉄技術者集団との関連を唱えるなら、御嶽さんの築山にそれがある理由にはなりません。

非売品ですが、「天白と爍神」前島長盛著、平成5年という書物が図書館にありました。
いわゆる天白信仰を製鉄技術者集団の金属神信仰として解説されています。

私はもしかしたら、これら鬼板は製鉄技術者集団と縁があった支配者の古墳墓から出土したものか、
あるいは守山区からはすっかり消えてしまいましたが天白信仰の名残りの物証なのかとも
考えています。
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[ 2012/09/03 21:03 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)
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