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吉根の古い絵はがき(7)

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徳田さんの記事 続き

『ただ私が興味をもったのは、そんなに厳しく取締まっていた御林
も、明治の初期にはハゲ山に近い状態になってしまったという事実である。

もう一つは、明治十九年から松の苗木を植え始めたとして、工兵隊が
道路改修工事をした頃の山林の樹相はどんな様子だったのかということである。
二五年くらいの松が一面に生い繁っていたのか、それともまばらにしか
生えていなくて、尾張平野が一望の下に見渡せる眺望だったのかしら。

工兵隊の演習の目的は見晴らしのよいホッポ山に野砲の陣地を構え
ることにあったのか、それとも印場までの道路を造って軍隊の移動が
速やかにできるようにすることが主目的だったのかどちらであろう。

大正三年といえば第一次世界大戦のはじまった年に当るが、何か関係
があったのであろうか』

徳田さんは古老から聞き取られた思い出話に想像を膨らませ、
いろいろな疑問を文中で投げかけられていましたが、
この2枚の吉根の古い絵はがきが、徳田さんの様々な疑問に
お答えしているかのようです。

続く
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[ 2016/06/28 23:55 ] 絵はがき | TB(0) | コメント(0)
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