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渡し舟からの裏参道を考える(2)

明治時代の地形図裏参道
▲ 渡し舟からの参詣ルートを着色
河岸段丘の窪みは「V字谷状」になった山すそのことで、先人が仰せのところの、
「龍泉寺の山」と「川村の山」との境界とも考えられます。


東ルート20160227(1)
▲ ①の東よりのルートを想う
こんな感じで坂を上って行ったんでしょうね。奉納する神馬もこのルートだったかは
ちょっとわからないですが。


東ルート20160219(2)
▲ 東よりのルートを登りきったところ


東ルート20160219(3)
▲ 道はここで石垣沿いに、直角に曲がります


東ルート20160219(4)
▲ 登りきってから下を振り向くと
ここは、霊園の案内図が立っているところです
もしかしたら、大昔からの参詣ルートがほぼそのままに現在の階段道になっているのかも
知れません。

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[ 2016/02/21 18:14 ] 古道 | TB(0) | コメント(0)
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