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天王社(喜多山)

2012年11月13日追記あり

喜多山の天王社
守山東中学の「郷土の歴史」1982年版より転載
喜多山20121006-6

喜多山20121006-1
喜多山駅の北側になります
この赤丸のあたりに天王社さんが「ありました」。



喜多山20121006-2
上空からの写真ではこんな感じでした



喜多山20121006-3
更に拡大すると・・・
冒頭の中学生たちの文中に「敷地が丸で、木の山になっていて」の雰囲気がでています。




喜多山20121006-4
喜多山駅高架工事
ここには天王社さん以外にも、レンガ造りの古い名鉄の変電所がありましたが、
すっかり取り壊されて、更地になってしまいました。



喜多山20121006-5
このあたりかな・・・
近くで畑をされていた奥さんにお聞きしましたら、大きな桜の木の下に小さな
祠がありました、と仰ってみえました。
名鉄の高架の工事が終わったら、また建てられるのでしょうか?
取り壊しの経過は次のページが詳しく書かれています。
瀬戸電ニュース 「喜多山検車区解体工事 6月19日の様子」
いくつかある写真の中に、「喜多山稲荷大明神」の赤い幟り旗が写っていますね。
中学生が「(天王社の中で)ここだけとりい(鳥居)があり、・・・」と書かれた意味が
わかりそうです。
お社が取り壊された頃の瀬戸電ニュースです。
瀬戸電ニュース 「喜多山駅周辺高架化工事 2010年2月7日の様子」
一番最後の写真説明のあたりです。

2012年11月13日追記
守山郷土史研究会「もりやま」第26号、2007
産業遺跡「喜多山変電所」より転載


喜多山変電所の南側に隣接して喜多山稲荷が鎮座しています。
元々ここには瀬戸電の祖、加藤杢左衛門の銅像が安置して有りました。
しかし戦時中の「金属供出」の例に漏れず銅像も運び去られてしまい、永い間台座だけになって
風雨にさらされていました。
その台座が「正一位喜多山稲荷」の由緒です。
かつて(お堀の中に有った)本町駅の上に、特に円頓寺商店街にゆかりの有る芸妓衆達の厚い信仰を
集めていたお稲荷さんがありました。
今となっては経緯は不明ながらもこのお稲荷さんが加藤杢左衛門の台座の上に遷座されて来ました。
1953年(昭和28年)のことでした。
現在でも瀬戸電の運行に携わる人達が集まって毎年「初丑祭(2月初旬頃)」を催し、
「安全と商売繁盛」を祈願しています。


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[ 2012/11/14 06:47 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)
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