わが町 守山区 TOP  >  2012年11月にほんブログ村 人気ブログランキング

守山区から見える山

庄内川大橋から20121125-3

中央アルプスの山々
自宅近くの空き地から北東を撮影。
左側の高層住宅は高蔵寺ニュータウン。右手前の小山は、山頂にマイクロ波の鉄塔が
あることから航空自衛隊高蔵寺分屯地のある高座山(たかくらやま)。
その向こうに雪山が連なっている。
スポンサーサイト

守山区から見える山

川東山から20121125-2

高い煙突から黒い煙が 鉛色の空に同化してゆく様は、高度経済成長時代の
悪しき象徴だった。それはどこか他人事だった海浜部のコンビナートのことではなく、
ほんの40年くらい前まではこの写真の角度がそうだったのだ。

私と12歳しか違わない叔母は、結婚後しばらくして高蔵寺ニュータウンに新居を構えた。
王子町とは随分離れているような気もしたが、それでも洗濯物が臭うとよく愚痴をこぼした。
私の現在の町内会でも、昔からの住人は、それは酷かったと振り返る。

世論の後押しもあり、その後急速に排煙の浄化技術が進歩し、いやそもそも汚い排煙が
出ない仕組みになり、街は青空に、煙突からは煙なのか水蒸気なのかわからないレベルまで
排出が改善された。

煙突の後ろに見える雪山はどこだろうか。
鷲ヶ岳、大日ヶ岳、白山あたりか。

守山区から見える山

川東山から20121125-3

SOLAÉ(ソラエ)
わが家の近くの空き地から、西北西の方角に養老山系が見える。
この写真では霞んでしまい、どれがどの山なのか、ただ稜線が連なって見えるのみである。
写真中央に何やら白いタワーがそびえたつ。これが三菱電機稲沢製作所の誇るSOLAÉ(ソラエ)だ。

なんでも稲沢市にちなんで173mの高さとか。
ここのページにも詳しく書かれている。
コバッチワールドへようこそ!  201111 SOLAÉ(ソラエ)~To The Sky

空には水鳥が6羽縦列で飛んでいた。
のどかな休日の午前中だった。

守山区から見える山

庄内川大橋から20121125-2

環状2号線(国道302号線)が走る庄内川大橋の上から撮影。
庄内川を構図に入れたくてカメラを縦位置にした。
庄内川はともかくも、無機質な建物や鉄塔、無残な山肌はいただけない。
今度はそれら中間の景色も考えて撮影場所を探してみよう。

守山区から見える山

川東山から20121125-1

能郷白山
わが家近くの空き地から北西方向を望む。
手前にイオン春日井店がある。最近までサティだったので、わが家ではサティの方が話が早い。
そのイオンの屋上にある巨大看板の上に、ちょこんとお城が写っているのが小牧城。

写真いちばん奥の雪を戴いた山は能郷白山か。
名古屋からは美濃方面に見える、最初に冠雪が見られる山だ。
上の写真をクリックしていただくと、別ページが立ちあがり、写真が大きく表示される。
能郷白山の左側にあって、ちょうどイオンの看板の真上方向にあるピラミッド状の頂きは
冠山か。こうして身近なところから、遠くの山々が見られることは幸せである。

今日は午前中に1時間ほど、近くの撮影スポットから、遠くの山々の写真を撮った。
山の写真は冬の雪山が撮りやすい。空気が澄んでいることもあるが、雪山が太陽の光を
受けて輝いているからだと思う。
そのうちに伊吹山や養老山系も雪化粧することだろう。

昼ごはんは自分一人だけだったので、先日わが家で収穫したサツマイモの貧弱なヤツや
切れ端をふかして食べた。電子レンジで、解凍モードで約2分加熱し、続けてあたためモードで
10分、これで出来上がり。使いこなせないほどあるメニューから「焼いも」モードを
選ぶと50分ほどかかる。50分もかければよほど美味くなるのだろうか。

昼食後は残りのサツマイモを収穫。
花の苗を買った時にもらってきた、お店がポット苗を並べるトレイ、最終的にあれに4杯の
収穫となった。せいぜい自分でせっせと食べないと、わが家の女どもは他人におすそ分けで
どんどん持って行ってしまうので、気が付いた時には残り僅かになってしまう。
サイマイモの跡地にはソラマメかタマネギでも植えようか。

天王社(守山下町) その2

元屋根神20120817-7
下町の天王社さんって・・・
天王社(守山下町)で献灯に「下町一同」と刻まれていることをご紹介しました。
じゃあ「下町」ってどこなの?という疑問は当然のこととして湧いてきます。
現在も、守山市、守山町の時ですら下町という字名はありませんでした。



下町20121124-3
矢田川物語を見ていたら・・・
こんな村絵図が掲載されていました。
図中の赤丸囲みのところが、おそらく下町の天王社さんだと思います。
赤丸の瀬戸街道を挟んで西側に「下町(しもまち)嶋」と書いてあるのがわかります。
「下町」を見つけた思いです。



守山商店街拡大2
明治末年 守山商店街推定図
名古屋区市シリーズ「守山区の歴史」に、田辺爵氏の書かれた地図が掲載されています。
同書によれば「今も残る守山の鍛冶屋は畑中氏である。鍛冶屋の南の天王社は屋根神となり、
今は瀬戸街道と旧道の角に移っている。」この文章がこの地図に見事書きこまれているのに
気が付きました。
地図の中の赤囲みの箇所が、鍛冶屋の畑中さん宅、その南に神社の鳥居マークがあります。



下町20121124-1
現在地はこのあたりでしょうか
畑中さん宅をお伺いしました。現在のご当主は昭和初年のお生まれで、この経緯をよく覚えて
おいででした。ご当主の代までは鍛冶屋さんを営んでいらしたそうです。区画整理までは
畑中さん宅は瀬戸街道に面していて屋根神さまがいらしたそうですが、整理を機会に少し
引っ込んだ場所に移動されたとか。
畑中家はもともと鍛冶屋集団の町、知多大野にあって尾張藩の仕事を多くしていたのが、
維新になって藩の仕事が無くなり、ここ守山に移転してきたのが嚆矢だとか。
ご幼少のころ、梯子を掛けて屋根上にある神様のお世話をされたご記憶もおありです。
そのころの瀬戸街道の両側は畑や田んぼばかりだったそうです。
この近在の畑中姓は同時に大野から出てきた親戚や、こちらに来てからの従兄弟で
やはり鍛冶屋を営み、屋根神様は守山区でもあちらこちらで見られたそうです。




下町20121124-2
1970年代の下町の天王社さん
どんどん庵の向かい側の天王社の写真が矢田川物語にありました。
左側の歴史的な町並みは姿を消し、駐車場になっていたと思います。

下町(しもまち)の天王社さんの調査はこの程度にしておきます。
貴重なお話をしてくださいました最後の鍛冶屋さんには、まだまだお元気にくらして
頂きたいと思います。
[ 2012/11/25 06:42 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)

11月24日

御嶽山20121124
庄内川大橋から見た御嶽山
冬の景色の定番の、御岳山が今年も雪化粧を見せてくれました。
手前左の高層ビル群は中部大学みたいですね。



瀬戸線とドーム20121124
矢田川橋と瀬戸線、ドーム
フィールド調査に出かけたところがこの近くで、紅葉がきれいでした。
最初は、紅葉、矢田川橋、ナゴヤドームで撮っていたら瀬戸線が入ってきたので
これもいただきました。

むかし矢田川橋近くにあった屋根神様のフィールド調査は明日朝掲載します。


11月23日

川嶋神社 新嘗祭
朝10時から、川嶋神社にて新嘗祭が行われました。
9時半過ぎに境内に行くと、氏子の皆様がお集まりで、総代の谷口会長にお願いして、
見学させていただくことになりました。
ご神職さんは生玉神社さんに請うて来ていただいているそうです。
祭祀は手水舎で手を清め、口をすすいだ後に、拝殿の外でお祓いを受け、
ご神職さまに続いて拝殿に入ります。拝殿内ではご神職による祝詞の奏上、
玉ぐしの奉納に続いて、氏子総代さんから順にお一人ずつ奉納がありました。
祭祀後、谷口会長より、お正月は本殿も開けるし、お神楽もあるから
いらっしゃいと教えていただきました。
氏子の皆様、本日はありがとうございました。

天王社(川村)
帰り道に、川村公園の東側でお天王社さまを見つけてしまいました。
帰宅後に住宅地図を見直したら、やはり鳥居の地図記号がありました。
私の見落としでした。

休日出勤
帰宅後に携帯電話が鳴り、休日出勤の要請がありました。
出社後、依頼者と電話連絡をして、荷物を梱包し、ヤマトの航空便に持ち込みました。

栄をうろうろ
帰宅してすぐに栄までうろうろ。
ヒジネスバッグの中にポケットが少なくて、モノの収まりが悪くて気になっていました。
東急ハンズの5Fバッグ売り場で、手ごろなインナーを見つけたので購入。

夕飯はドーム前のイオンで
家族と言えども食べ物の嗜好は異なりますので、イオン2階のフードコートで
安上がりで、いろいろなお店で自由に選べるので夕食に行きました。

GEO(ゲオ)の80円セール
ゲオが3日間のセール!
店舗によっても違いますが、新作、旧作とも一律80円セールが始まりました。
お目当ての韓国映画が丁度借りられていて残念でした。
私はテレビではハン流はまったく見ないのですが、この映画だけは植民地下朝鮮が
舞台で、映画挿入歌が私の好きなブルースなので、日本語字幕版がレンタルになるのを
何年も待っておりました。
新作落ちした頃にまた探してみましょう。
明日はイモ掘りをしなければ・・・
[ 2012/11/23 23:56 ] 日記 | TB(0) | コメント(0)

八剱神社(森孝新田)その4

八剱神社(森孝新田)の由緒
村社の境内によくある由緒書きは、残念ながら、こちらの八剱神社(森孝新田)様には
ございません。町内会長さんに案内していただいて氏子総代さんをお訪ねしましたが、
やはり由緒書きは伝わっていないとのことでした。

一般に村社を含めて神社は、明治4年5月14日(1871年7月1日)に太政官布告
「官社以下定額・神官職制等規則」により社格が制定されました。近代社格制度 - Wikipediaより

この前後に各神社が役場に提出した「明細」の中に、若干の由緒書きがありますので
ご紹介します。
守山郷土史研究会会報「もりやま」第5号より「守山町神社明細帳」より
=======================================================
愛知県管下尾張国春日井郡森孝新田字乙百番
村社
八剱神社
祭神 倭建命、須佐之男命
由緒 文政9年丙戌5月26日勧請と申伝う
社殿 竪2尺7寸、横2尺1寸
拝殿 竪1間4尺5寸、横1間1尺7寸
境内坪数 303坪、民有地第2種
境内神社 1社
     御嶽社 祭神 大名持命、少彦名命
     由緒 天保4年癸巳の頃創立と申伝う
     建物 竪1尺2寸、横1尺
氏子戸数 55戸
管轄庁迄距離 3里8丁
右之通相違無御座候也
明治12年10月
右祠官 安藤正義
同祠掌 高松信彦
同氏子惣代 肥後平蔵
      梅村金蔵

春日井郡長 吉田禄在殿
前書通相違無御座候也
右村戸長 酒井慶蔵
=======================================================

他の文献にも掲載はありますが、おおむねこのとおりです。
例えば・・・・・
東春日井郡誌:祭日10月17日とある他は、上記からの抜粋引用です。
守山市史もまた東春日井郡誌と同文(丸写し)のようです。

他方、これとは違う記載もあります。矢田川物語、小林元著、昭和55年
「森孝新田の八剱神社の創建は天保9年(1826)のことで新しく、
大森の八剱神社から分祀したもので、祭神に天火明命は祭られていません。」

これを「違い」と読むか、文政にしても天保にしても9年なのだから、小林先生の
転記ミスかも知れないという可能性もあるかも。
(中学の時の)恩師を疑っちゃいけないのですが・・・・・
先生からの私信では、ご高齢で体調がすぐれないので郷土史の仕事からは手を引くと
書かれておりましたので、この件のご確認は難しそうです。

もうひとつ、小林先生がご指摘の「祭神に天火明命は祭られていません」の件。
これは両社の祭神を見較べればそのとおりです。
では、その天火明命とはいかなる神様かと申せば、天火明命 - Wikipediaによれば
「尾張氏(尾張連)、海部氏など多くの氏族の祖神であり」「名前の「天照国照」「火明」から
わかるように太陽の光や熱を神格化した神」とのことです。
ただし「天照」の名があるが「天照大神」とは別の神である、とも書かれています。
この神様がなぜお祀りされていらっしゃらないかは、現在のところ、私の見解はまとめきれて
おりませんが、尾張の各八剱神社さんには神様は三柱のところも二柱のところもアリなので
とりあえずはスルーしておきます。可能性としては大森の八剱神社さんから、森孝新田に
御霊を分けて頂いた時のカクカクシカジカかと・・・

さらに、もうひとつ
今度は先の神社明細からです。
境内神社 1社 御嶽社」の記述です。八剱神社(森孝新田)その2で書きましたように、
本殿の両側に小祠が一社ずつあり、いま一つ境内にありましたので、合計三社の小祠の
神様が不明でしたが、どうやらそのうちの一社は御嶽社さまの可能性が出てきました。
先ほどの明細では、御嶽社さまは「建物 竪1尺2寸、横1尺」とのことです。
御嶽社さまの社殿が、明治初期の報告ままとは到底思えませんが、もしかしてお社を
新調するときにサイズにこだわりがあったのなら、このサイズに近いのは、本殿両脇の
小祠よりはむしろ、境内にあって町内会長さんより「津島さんでは」と教えていただいた
小祠こそ御嶽社さまなのかも知れません。

すると本殿の両脇に控える左右同サイズの小祠は何かとなります。
私はこれを両社とも津島さん(お天王社さん)だと見ます。
守山区のあちらこちらの町内に天王社さんが分布しておりますが、なかには村社の
境内に遷座したお社もあります。神社の統廃合とか区画整理とか、戦災とかですね。
ところが森孝新田には天王社さまが見つかりません。←ここ重要です!!
ちょっと気になるお堂は四軒家の西方にありますが・・・・・
もしかしたら、もともと森孝新田の町角にあったお天王社さんが、村社である八剱神社さまの
境内に合祀させられたということは、そんなに無理なお話ではありません。
事実、大森の八剱神社さんには近在のお天王社さんが集められておりますから。

以上、大変お世話になった町内会長の高木様に、私なりの私見をもちまして
お答えさせていただきました。
[ 2012/11/23 06:32 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)

八剱神社(森孝新田)その3 

八剣神社森孝20121118-18
農村振興事業の記念碑
この石碑はもともと外にあったのを境内に移設したものです。
森孝新田の歴史の一こまなので、後日あらためて別枠でご紹介します。
写真手前は旧の手水鉢です。


八剣神社森孝20121118-13
厄年奉納の記念碑
この神社には多くの厄年奉納記念碑があります。
これは文字通り、厄年を迎えた氏子が神社に奉納をした記念碑で、この写真では平成18年度の
厄年一同が記念碑かたわらの水銀灯を奉納したことを記しております。
こうした奉納記念碑が多くあるということは、神社の奉賛が老親から現役世代に、
年寄りから青年へ正しく引き継がれている証左であり、まことに健全な神社維持が
できている喜ばしい例でもあります。



八剣神社森孝20121118-14
厄年奉納記念碑、石灯籠、幟り立
昭和58年度の厄年奉納は「参道」と刻まれております。
氏子総代と厄年代表が相談して、その年度は何にするのか決めるのでしょうか。



八剣神社森孝20121118-15
本殿前の狛犬(右側)
左前足で毬をおさえる守山区に多いスタイルです。
「もりやま」誌によれば、昭和5年奉納の「西比利亜(シベリア)出征記念」とのことです。
目にはガラス玉がはめ込まれているのか、カメラのストロボに青く光っております。



八剣神社森孝20121118-16
本殿前の狛犬(左側)
これまた右前足で子犬をおさえる伝統的な形です。
こちらは昭和5年の奉納で、「山東記念」とのことです。




八剣神社森孝20121118-17
厄年記念、大森五黄寅会共同奉納記念碑
平成3年の奉納記念碑です。
五黄寅、ごおうのとら、ごうのとら、と言われるのは大正3年・昭和25年・昭和61年生まれです。
平成3年度はそれぞれ77才、41才、5才です。

次回は神社の由緒に私見をまじえてご紹介します。
[ 2012/11/22 06:00 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)

11月21日

山20121121ジャスコ屋上

結婚記念日休暇
本日は休暇を取り、会社をお休みしました。
午前中は自宅の庭でイモ掘り。これでようやく50%ほど収穫できました。
残りは今週末に持ち越しです。

守山探検隊
守山区役所3階の「まちづくり推進室」をお訪ねして、守山探検隊のお手伝いを
させて下さいとお願いをいたしました。
ご丁寧なご説明をお伺いして、私にもできるかなと思いましたので、参加の手続きを
させていただきました。

高島町の天王社さん
灯台もと暗しの好例で完全に見落としていました。
お社の写真撮影と、見落とし発見のキッカケになった道標の現場確認をしました。
道標の「石」は文献に紹介されていなければ、絶対に見逃すただの石にしか見えませんでした。

ジャスコ守山吉根店
買物の運転手でジャスコまで。屋上から北東の方角に雪を頂いた山々が見えました。
単独峰ではないし、恵那山から木曽駒ヶ岳方面かな。
本屋さんで来年用の手帳がたくさん並んでいました。
その中から高橋書店のNo.70 ニューダイアリー2を選びました。
カルチェ風のワインカラーにコーナー補強金具がついていたのに魅かれました。

ブログ投稿予約
明日と明後日のブログを作成して、投稿予約を済ませました。
森孝新田の八剣神社さんをテーマにした、その3とその4です。
最終回のその4で、神社の由緒を私見を交えて考察してみました。
森孝新田の町内会長さんが大変ご熱心で、ご親切でしたので、考察にもリキが入ってしましました。
どうぞまたご覧いただければと思います。
[ 2012/11/21 20:46 ] 日記 | TB(0) | コメント(0)

八剱神社(森孝新田)その2

八剣神社森孝20121118-7
八剱神社の本殿です
本殿を囲む石柱の玉垣。門扉には先の尖った剣状の装飾がほどこされています。
防犯の意味も多少はあるかも知れません。
本殿の両側には小祠があります。この写真では石柱の陰になって見えません。



八剣神社森孝20121118-8
左側の小祠
このお社は何なのかはわかりません。


八剣神社森孝20121118-9
右側の小祠
おそらく左右の小祠はまったく同じ規格のものかと思われます。



八剣神社森孝20121118-10
拝殿右(東側)にある境内社
神社のご案内をしてくださった町内会の高木会長は、津島さんではないかと仰ってみえましたが
それを示すようなものは見つけられませんでした。



八剣神社森孝20121118-11
倉庫兼餅投げ場
祭礼の時にはここから餅投げをするそうです。




八剣神社森孝20121118-12
社務所
境外の東隣にありました。

さすがに村社の規模になると見どころがたくさんあります。
いわゆる社殿はここまでです。次回は石碑をご紹介します。
そのあとお社の由緒と、多少の私見を書く予定です。
[ 2012/11/21 06:09 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)

八剣神社(森孝新田)

八剣神社森孝20121118-1
八剱神社(森孝新田) は、国道363号線(出来町通)が東名高速道路と交差する
内側で、温泉、レンタカー、スシローあたりの北側に位置します。
神社の南側は裏道とは思えない広い道路に接し、桜の時には夜桜のぼんぼりがとても
きれいな場所です。



八剣神社森孝20121118-2
正面の鳥居と森孝西コミセン
この道路から約50mのところに社殿があります。すでに国道(出来町通)からは150mくらい
離れていますので自動車往来の喧騒もなく、野鳥のさえずりが響き渡ります。



八剣神社森孝20121118-3
鳥居と社名碑
参道の両側にはいろいろな石碑があります。多いのは厄年の奉納記念の石碑です。
社外のものとして「農村振興事業の碑」、珍しいところでは「敬宮愛子内親王殿下御誕生
記念植樹」の記念碑がありました。


八剣神社森孝20121118-4
二番目の鳥居と狛犬
狛犬さんは右側が毬を踏み、左側が子供を押さえているスタイルです。
これも厄年記念の奉納です。



八剣神社森孝20121118-5
三番目の鳥居と手水舎
吐水龍もありました。これは別枠でご紹介します。
ここで手を清め、口をすすぎます。柄杓柄がプラスチック製なのは珍しいかも?


八剣神社森孝20121118-6
拝殿の前に出ました
清浄な空気と、鳥のさえずり、木もれ陽と木々のざわめきを味わいながら拝殿の前に
到着しました。氏子の皆様の奉仕活動のたまもので、境内はとてもきれいにお手入れが
されていらっしゃいます。

次回は拝殿のうしろに鎮座される本殿と、境内社をご紹介します。
[ 2012/11/20 06:46 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)

天王社(守山下町)

元屋根神20120817-1
矢田川橋を渡った瀬戸街道は
登り勾配に守山区に入り、やがて「どんどん庵」のところで旧道が分かれます。
ところがこの旧道、40m行って右に折れ、さらに50m行って現在の瀬戸街道に再び合流する
短い区間の旧道です。このスタイルは瀬戸街道・大森でも見られます。
かっての瀬戸街道はあちらこちらに折れ曲がりがあったようです。



元屋根神20120817-2
旧道分岐点にお社があります
写真のようにブロック塀に囲まれ、入口が鎖で施錠されているため、どちらのお社か
わかりませんでした。



元屋根神20120817-3
お社のクローズアップ
近在の天王社さまが朱塗りで、覆い屋根の下に鎮座している形態なのに対して、
塗装が無く、お社がそのまま白日のもとにさらされています。



元屋根神20120817-4
旧道側から瀬戸街道に向かって撮影
施錠されている様子が見られます。
ブロック塀の左側面に貼られた案内板は「ふれあい広場」と書かれています。




元屋根神20120817-5
瀬戸街道から旧道側に向かって撮影
大きな献灯があります。これが決め手となりました。



元屋根神20120817-6
これには「昭和11年 9月吉日」の銘が刻まれています。




元屋根神20120817-7
こちら側には「下町一同」と刻まれています。

守山郷土史研究会会報「もりやま」第6号、1987年の特集「守山の石造物(その2)」-社寺奉納物-に
よれば、この銘文は「守山下町天王社」と完全一致しました。
次の文献は、名古屋区史シリーズ「守山区の歴史」、平成4年ですが、この中に赤いラインを
引いた箇所がこの天王社さんに関係するところです。
守山区の歴史s

この文献はいくつかの重要事項を語っています。
・元々は鍛冶屋の南にあったこと
・それが屋根神になったこと
・瀬戸街道と旧道の角に移っていること

これの検証のために、赤いラインの前段に書かれている鍛冶屋さん(畑中氏)を訪ねました。
現ご当主は文中にある畑中権吉氏のお孫さんでいらっしゃいました。
ご幼少の頃のご記憶として、鍛冶屋(鉄工所)の隣に確かに屋根神さんがあったそうです。
今ではその屋根神さんがあったお宅は取り壊されて無いそうですし、家業の鉄工所も
代替わりしてからは廃業されたそうです。

畑中さんからは鳥羽見の天王社さんの場所を教えていただきました。
感謝
[ 2012/11/19 06:30 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)

11月18日

11月18日(日)
小幡緑地秋まつり「おばた自然ウォーク」に行く予定でしたが、どうも体が
だるかったので取りやめて、いつもの守山区の散策に出かけました。

森孝新田の八剣神社に行きました。
正面の鳥居から入って順番に写真撮影をこなし、ひと通り撮り終わったところで、
ふと境外に社務所とお堂があるのに気が付いて歩を進めると、倉庫から男性が出てみえたので
ご挨拶をしました。
この方は町内会長の高木さんで、社名の書かれていなかった境内社のことや、例大祭、
境内にある石碑をひとつひとつご説明していただきました。
さらに近くにあるからと三十三観音、道標、御嶽霊神碑、大峯山のお堂までも。
そのあいだ間には、近在の古老(失礼!)にも声を掛けて下さり、私のフィールドワークも
随分はかどりました。
高木さんはじめ、訪問先の皆様方に感謝いたします。

町北の天王社さんは二社有りますが、そのうちの「どんどん庵」の向かい側の天王社さんに
写真撮影の追加で行きました。このお社が天王社さんであることは、守山区の屋根神さんを
調べている過程で気が付き、昨日の守山郷土史研究会で幹事の道木先生に
最終確認をいただきました。献灯の石灯籠の銘文が「もりやま」誌の記載とも一致しました。

大門の天王社さん
現在、大門という小字は使われていませんが、かっての大字守山字大門にある天王社さまに
行きました。ここは拝殿に当たるところが、アクリル製のカーポートを流用してある
面白いつくりでした。

鍛冶屋の畑中さんのご子孫宅
守山区の屋根神様を調べていたら、鍛冶屋の畑中さんの南側にあった天王社さんが
(取り壊されて)、お社が屋根神さまになり、更に下に降りて、どんどん庵の交差点に
移動した記述が「守山区の歴史」に見えたので、畑中さんの現ご当主をお訪ねしました。
屋根神さんの話の後で、畑中さんからは鳥羽見の天王社さんの場所を教えてもらいました。

鳥羽見の天王社さん
確かに畑中さんに教えていただいた場所にありました。
住宅地図で再確認すると、ちゃんと鳥居のマークがありました。目を皿にして事前準備を
してはいますが、なんと見落としの多いことか。
ここでは、たまたまお天王さんの社殿台座に座って、新聞のチラシを見ていた女性に
ご挨拶し、関連するお話をいろいろと伺いました。

本日の成果は順次ブログに掲載してゆきます。
[ 2012/11/18 17:37 ] 日記 | TB(0) | コメント(0)

守山郷土史研究会11月例会

守山郷土史研究会
7月の例会で飛び入りで入会し、10月に鳴海の宿での散策会に参加して、今回が3回目の出席と
なりました。場所は守山区生涯学習センター、例の名守合併のモニュメントが玄関脇に
置いてあるあの建物です。
今回は幹事の道木先生にご教示を仰ぎたくて早めに出かけたら、まさしく先生に次いで2番目の
入室となり、ここしばらく貯め込んでおいた疑問点を持参した資料をご覧いただきながら
教えていただきました。

最初にお尋ねしたのは守山区の屋根神様のことです。
守山郷土史研究会が平成4年に出した名古屋区史シリーズ「守山区の歴史」に、
「鍛冶屋は江戸時代からある一軒が岡島治左衛門で、畑中権吉に譲っている。
今も残る守山の鍛冶屋は畑中氏である。鍛冶屋の南の天王社は屋根神となり、
今は瀬戸街道と旧道の角に移っている
。」
この文章の解釈として、
①天王社は屋根神となった状態で、現在瀬戸街道と旧道の角に移っている、と解釈するのか、
②天王社は屋根神となって、その後瀬戸街道と旧道の角に移っていると解釈すべきかの
見解をお伺いしたところ後者②であるとのご教示を得ました。
また、その場所はどんどん庵の向かい側の三角になった土地であることもわかりました。
かの地にあるお社は朱塗りではないし、社名碑もなかったので私は写真撮影はしたものの
ブログには未掲載でした。これで一件落着です。

次の質問は、東名高速守山パーキング近くのホテル夕なぎ跡地にある「不老泉」の石碑です。
これについては残念ながら手掛かりは得られませんでした。

最後に大森の大森寺さんにある、道祖神、祠、役行者につづくもう一体の石像の同定を
お願いしましたが、ちょっと写真が不鮮明なこともあって、馬頭観音かなぁとのことでした。

今月の例会は、先日まで市博物館で開催されていた松尾芭蕉展に因んで、井上士朗が描く
「芭蕉像」の観賞と、先月散策した鳴海宿の浮世絵観賞でした。良いものを見せていただきました。

今日は私の近くに座られた先輩会員さんが、守山区の天王社巡りをされていることがわかり
大変驚くとともに嬉しくなりました。またお目にかかりたいと思います。
また本日ご出席の幹事・加藤先生にもご挨拶ができました。
加藤先生は、私の中一の時の担任の先生の弟さんになられます。
私の恩師である姉上様はお元気でお暮らしとのことでした。
このことを教えて下さった香流川物語等のご著者であり、私の中学の時の恩師・小林元先生にも
お礼のお手紙を書くつもりです。
わが人生の一期一会、人との縁(えにし)なかなか良いものです。

天王社(喜多山)

2012年11月13日追記あり

喜多山の天王社
守山東中学の「郷土の歴史」1982年版より転載
喜多山20121006-6

喜多山20121006-1
喜多山駅の北側になります
この赤丸のあたりに天王社さんが「ありました」。



喜多山20121006-2
上空からの写真ではこんな感じでした



喜多山20121006-3
更に拡大すると・・・
冒頭の中学生たちの文中に「敷地が丸で、木の山になっていて」の雰囲気がでています。




喜多山20121006-4
喜多山駅高架工事
ここには天王社さん以外にも、レンガ造りの古い名鉄の変電所がありましたが、
すっかり取り壊されて、更地になってしまいました。



喜多山20121006-5
このあたりかな・・・
近くで畑をされていた奥さんにお聞きしましたら、大きな桜の木の下に小さな
祠がありました、と仰ってみえました。
名鉄の高架の工事が終わったら、また建てられるのでしょうか?
取り壊しの経過は次のページが詳しく書かれています。
瀬戸電ニュース 「喜多山検車区解体工事 6月19日の様子」
いくつかある写真の中に、「喜多山稲荷大明神」の赤い幟り旗が写っていますね。
中学生が「(天王社の中で)ここだけとりい(鳥居)があり、・・・」と書かれた意味が
わかりそうです。
お社が取り壊された頃の瀬戸電ニュースです。
瀬戸電ニュース 「喜多山駅周辺高架化工事 2010年2月7日の様子」
一番最後の写真説明のあたりです。

2012年11月13日追記
守山郷土史研究会「もりやま」第26号、2007
産業遺跡「喜多山変電所」より転載


喜多山変電所の南側に隣接して喜多山稲荷が鎮座しています。
元々ここには瀬戸電の祖、加藤杢左衛門の銅像が安置して有りました。
しかし戦時中の「金属供出」の例に漏れず銅像も運び去られてしまい、永い間台座だけになって
風雨にさらされていました。
その台座が「正一位喜多山稲荷」の由緒です。
かつて(お堀の中に有った)本町駅の上に、特に円頓寺商店街にゆかりの有る芸妓衆達の厚い信仰を
集めていたお稲荷さんがありました。
今となっては経緯は不明ながらもこのお稲荷さんが加藤杢左衛門の台座の上に遷座されて来ました。
1953年(昭和28年)のことでした。
現在でも瀬戸電の運行に携わる人達が集まって毎年「初丑祭(2月初旬頃)」を催し、
「安全と商売繁盛」を祈願しています。


[ 2012/11/14 06:47 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)

天王社(町北3)

町北20120817-0
瀬戸街道 町北交差点の少し大曽根寄りにある天王社さんです。



町北20120817-1
鳥居のある 近在では珍しい天王社さんです。




町北20120817-2
高い位置にお社があるのは
瀬戸街道の路面が、かっては今よりも高い位置にあったためと言われております。
[ 2012/11/13 06:18 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)

元町珈琲守山小幡の離れ

ヤマナカ小幡店
9月2日に閉店したヤマナカ小幡店の跡地で工事が進んでいます。
跡に入るのは既報の通り、元町珈琲さんです。

元町珈琲20121111-1
元町珈琲さんはホームページによれば、「日本の珈琲文化の発祥の地「元町」をイメージし
港町元町の異国情緒と和の融合をコンセプトとしたカフェ業態」だそうです。
本店は「※※県※※市の元町」ではなくて岐阜市北一色4丁目13-5となっています。
本店以外の店舗は「※※の離れ」という名称を使っていて、当店舗も「小幡の離れ」になります。


元町珈琲20121111-2
元町珈琲小幡の離れ
新装開店日は12月下旬とのことです。
それに先立ち、オープニングスタッフ募集の立て看板が工事現場にあります。
このイラストが完成予定のイメージなのでしょうか。
この立て看板にはオープンは12月中旬となっていますね。
勤務時間が6:00~24:00となっています。もちろんこれは営業時間+開閉店準備時間なので、
私たちが利用できる営業時間は、7:00~24:00とかになると思います。
面接は11月15日から。お早めに!
[ 2012/11/12 06:53 ] お店 | TB(0) | コメント(2)

11月11日

雨が降る前に
わが家の庭にある"畑"の草取りと、サツマイモの試し掘りをしました。
サツマイモは、毎年紅東(ベニアズマ)を植えていましたが、今年は変えたような気がします。
しかしホームセンターで束で買ってくると、品種のタグがないので、記録しておかないと
何を植えたのかサッパリわかりません。
近在の農家ではとうにイモ掘りが終わりましたので、私もアセっておりましたが、
行事が立て込んでいたのと、イモの生育状況がわからなくてズルズルと。
試し掘りの結果、こんなものかと判断(あきらめ?)ができましたので、
雨天以外の土日に一気に掘り上げる予定です。
放っておくと霜でくさってしまいますから。

古書店を巡回
雨の日は古書店を巡回することが多いです。
本日の購入は、「守山市史」、「守山区の歴史」、「名古屋の民間信仰」の3冊。
どれも図書館で閲覧できますが、現役サラリーマンのつらいところは、
ブログの作成が毎晩10時頃ですので、思い立った時に文献が無いと効率が悪くて進みません。
それで決して安くはありませんが、手元用に買ったと言う訳です。

ヤマナカ小幡駅前店の跡地
古書店からの帰途、小幡駅前のヤマナカの跡地を見てきました。
元町珈琲出店の工事が進んでおりました。これは明朝掲載のブログ用に記事を書いて
投稿予約済みとなっています。
私はだいたい前日にブログを書いて、翌朝掲載の予約をしています。

古いデジカメ
私が土日祝日に持ち歩くカメラはSONYのデジタル一眼カメラなのですが、
今日のように雨降りで、しかも目的とするフィールドワークの予定が無い時には
むかし使っていたパナソニックのコンパクトタイプを持とうと何年振りかに使いました。
先日会社で「試し撮り」をしたときには問題なく使えたので安心していたら、
本日、元町珈琲の写真がPCにうまく取り込めませんでした。
私はこのコンデジからはケーブル接続でデータを吸い上げず、カードを抜き取って
カードリーダーにセットして読み取ってきました。
今回の失敗はカードリーダーの仕様が上限2GBのところ、8GBのメモリーカードを使っていたため
読み取れないことがわかりました。それでこのカードをSONYのデジイチにセットして、
ケーブル接続で無事読み取りました。ソニー機でもパナのデータをPCに吐きだしてくれる
ところがすごいです。

あとは更にブログの記事を火曜日分以降まで作るか、知人に手紙を書こうかと思案中。
[ 2012/11/11 17:36 ] 日記 | TB(0) | コメント(0)

小幡緑地竜巻池の池干し

竜巻池水抜き20121110-1
竜巻池で池抜きがありました
なごや生物多様性保全活動協議会さんが実施をされました。
同時になごや環境大学さんによる、小中学生を対象にした【竜巻池池干し・外来種を
美味しく食べよう!】というプログラムもありました。
9時40分くらいに行ってみたら、わぁー池の水が無くなっている!とビックリ。


竜巻池水抜き20121110-2
パネルや水槽を用意し、在来種、外来種、有害生物などを説明。



竜巻池水抜き20121110-3
ボートで地引網を投入します
それを小中学生が引き上げます。


竜巻池水抜き20121110-5
こんな大物や・・・



竜巻池水抜き20121110-4
3人抱えのヌシまで・・・



竜巻池水抜き20121110-6
捕獲された魚は分類してタライに入れられます
[ 2012/11/11 06:57 ] 風物詩 | TB(0) | コメント(0)

秋葉神社(下志段味)

秋葉社20120908-10
秋葉神社さんはなかなか広いです
社殿の手前に広がる境内地では、お祭りや行事も行われるのでしょうね。
昔はこの境内に郷倉があったそうです。




秋葉社20120908-7
天王社さまのようですね
この秋葉さんにほど近い、下志段味の八幡さまの境内あった天王社さまにも
提灯がありました。尾張では天王社さまと言えば提灯山ですから、
このご縁で提灯が奉納されているのでしょうか。




秋葉社20120908-8
整然と並べられた石塔群
左から・・・
千度参り:守山区に広く分布しているお百度参りに対して、さらに強い願掛けと言われる
「お千度参り」の石塔です。守山区ではここだけかも知れません。
報徳:報徳と言えば二宮金次郎こと二宮尊徳の道徳思想であり、
この地においても報徳活動が盛んであった証左でありましょうか。
観音力:仏様の最高のチカラとされる観音力にお祈りする石塔でしょうか。
億陀佛
念佛
五穀豊穣:文字通り、五穀豊穣を願ったのでしょうか。
水神:守山区では庄内川と矢田川の氾濫に長年苦しめられてきました。
そうしたところの村社には、このような水の神様がいらっしゃいます。



秋葉社20120908-9
左側:廻国塔 奉納大乗妙典六十六部
右側:庚申塔


秋葉社20120908-11
観音堂の中央にある奉順禮
西国三十三所
當國三十三所
名護屋三十三所
昨日ご紹介の七番さまは、當國三十三所さんのお一つだったようですね。
[ 2012/11/10 06:56 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)

秋葉神社(下志段味)

秋葉社20120908-1
下志段味の東に、秋葉さんがあります。
志段味支所や中学校から、神領へと向かう県道沿いです。



秋葉社20120908-2
下志段味の土地区画整理組合さんが向かいにありました




秋葉社20120908-3
今にも降りそうなお天気でした。
秋葉さんは火災除けの神様です。境内社としての秋葉さんはときどきお見かけしますが、
村社規模の秋葉さんは、守山区ではこちらのお社だけでしょうか。




秋葉社20120908-4
拝殿と本殿が一つ屋根の下に同居している、これまた珍しいスタイルです。
完全にオープンながら、とてもきれいにお世話がされており、清々しい気持ちになります。
天井には裸電球がぽつんと一つ。どんなときに電球が灯るのでしょうか。




秋葉社20120908-5
お堂の中にたくさんの石仏さまがいらっしゃいます。
神社の境内にこうして混習されていらっしゃる例も珍しいと思います。




秋葉社20120908-6
よおーく拝見すると、仏様の頭の上の方に「七番」と刻まれていますね。
これは三十三ヶ所とか八十八ヶ所巡りの石仏さまのようです。

続きます
[ 2012/11/09 07:00 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)

町並み(守山)

守山探検隊 まちあるきイベントの帰り道、瀬戸街道「守山」交差点近くでの撮影。
歴史のある町並みには、白黒やセピアカラーの写真が似合います。


小川水道工事店20121103-2
逞しく太い文字で書かれた看板が往時をしのばせます。
ご店主は実直で豪快な親方だったのかなぁと、しばらくもの思いにひたりました。
失礼ながら、もうご商売はされていらっしゃらないのでしょうか。



小川水道工事店20121103-3
おやっ、「守山市協力補助員」の門票がありますね。
ということは、守山区制50周年ですから、こちらの工事店さんは50年以上!



小川水道工事店20121103-4
丸いプレートには「守山町」の文字がかろうじて見えます。
これは50年どころの歴史ではありません。
随分歴史がある工事店さんだったんですね。今度ご挨拶にお邪魔しましょう。
[ 2012/11/08 06:13 ] 町並 | TB(0) | コメント(0)

天王社(市場の西)

守山探検隊の
守山区制50周年記念コースまちあるきイベントもゴール間近のところでした。

鳥羽見20121003-1
守山城址から、ゴールの宝勝寺さんを目指して歩いておりましたら


鳥羽見20121003-2
急に視界が開けて
とっても見晴らしの良い高台に出ました。


鳥羽見20121003-3
はっと、気を感じて横を見ると!
またまた天王社さんを見つけてしまいました。
毎週毎週お社を巡っておりますと、お社が醸し出す気に敏感になって、
はっとさせられることがあります。



鳥羽見20121003-4
あー、でも雨樋があるなぁ
別にいけなくないですが、天王社さんの覆い屋根に雨樋があるのには
今回初めて気が付きました。いや意外とレアなのかも知れませんね。



鳥羽見20121003-5
レアといえば、・・・
透明なアクリル板が貼ってあります。
西を向いた高台ですから、季節風は大変なものかとお察しします。
つまり雨樋にしてもアクリル板にしても、それだけ地元の人たちの篤い信仰心の証です。
こうしたお社は善良な気が充満しているのでしょうね。
[ 2012/11/07 06:35 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)

天王社(守山東)

天王社20121103-0
守山東交差点北の天王社さま
すいどうみち緑道が守山駐屯地の東南に接する交差点にあります。
守山探検隊の区制50周年記念コースの途中で気が付きました。



天王社20121103-1
あらら・・・
ガイドの先生も、参加者の皆様もチラ見だけで素通り・・・




天王社20121103-2
解散後に戻ってきましたとも



天王社20121103-3
やっぱり天王社さんですね
戻ってきて、よくよく拝見しましたら、お堂の中にお社が三つ鎮座されていらっしゃいます。
天王社さまが中央だとして、左右はいったい・・・?
今度地元の人に教えていただきましょう。



天王社20121103-4
山の神様です
三つもあります。今のこの場所からは想像もつきません。



天王社20121103-5
南方向から見るお社
瀬戸街道の方から北を向いて撮影。



すいどうみち緑道と周辺史跡散策
平成23年の守山探検隊のコースに史跡として掲載されていて、
実際に現地説明もあったのですね。昨年は参加できなくて惜しいことをしました。
[ 2012/11/06 06:37 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)

守山区制50周年記念守山探検隊番外編

守山探検隊まちあるきイベントの途中で、予定されていた史跡ではないけれど、
思わず引きつけられたものを、番外編としてご紹介します。


守山探検隊番外編20121103-1
すいどう道から守山駐屯地に曲がる交差点にありました。
参加の皆さんは知らん顔して歩き去るのですが、どうしても気になったので、
自然解散後にもう一度訪ねてみました。



守山探検隊番外編20121103-2
誓願寺さんの石仏群の中に道標が左右に刻印された
線刻の石仏がありました。区役所交差点の道標が参加者に受けていたので、
これも紹介されたら喜ばれたかもですね。



守山探検隊番外編20121103-3
屋敷神さまでしょうか
白山神社(市場)から守山城址に向かう途中でお見かけしました。




守山探検隊番外編20121103-4
すぐ近くには・・・
ガレージのようなお堂もございました。



守山探検隊番外編20121103-5
守山城址の丘の上と石碑
グループ行動の時には上まで登れなかったので、帰り道で登ってみました。
たしかに見晴らしは抜群でした。



守山探検隊番外編20121103-6
宝勝寺さんの裏手あたりで
またまた見つけてしまいました。
天王社さんだと思います。



守山探検隊番外編20121103-7
おまけ
きっと区役所の方の車だと思います。
[ 2012/11/05 06:49 ] ウォーキング | TB(0) | コメント(0)

守山区制50周年記念 守山探検隊その2

守山探検隊20121103-1 守山探検隊20121103-2
2012年11月3日(土)、文化の日、統計的に雨が少ない特異日、
守山区役所から約60名の参加者が3班に分かれて「守山探検隊まちあるき」に出発しました。
今回は守山区制50周年記念コースということで、従来無かった新しいコースです。
最初の史跡ポイントは区役所の向かい側にある道標です。
龍泉寺道を示す道標に「里うせん寺」と書かれていて、参加者が感心していました。


守山探検隊20121103-3 守山探検隊20121103-4
長慶寺、白山神社(小幡)
長慶寺さんは、もともと長兄寺だったのを、後に長慶寺に改名された説もあるそうです。
白山神社(小幡)さんは、南島古墳の上に鎮座されているとのお話に、感嘆の声が
上がっておりました。


守山探検隊20121103-5 守山探検隊20121103-6
瓢箪山古墳、すいどうみち緑道
古墳が壊されずに残っていたことに感心する半面、説明板の前だけのお話で、
物足りなさもありました。時間の都合や管轄の違いもありますが、・・・
すいどうみち緑道はパンフレットの写真がアーチ橋脚道路になっていました。
これは今回のコースよりも少し北の方ですので、すいどう道の探検隊コースの
写真を流用されたのでしょうね。



守山探検隊20121103-8 守山探検隊20121103-9
名守合併モニュメント、守山市役所跡
旧守山市と名古屋市の合併を記念して造られた記念碑です。実は守山生涯学習センターの
玄関脇にあります。きっと普段は視界に入っているのに、気が付いていない人ばかりと
思います。ここでトイレ休憩がありました。
そして守山区役所跡はこれまたおなじみの現在の守山図書館です。


守山探検隊20121103-10 守山探検隊20121103-11
誓願寺、守山白山神社
誓願寺さんには珍しい石仏や石碑がありましたので、後日ゆっくりとお参りしたいです。
誓願寺さんを出て、瀬戸街道の旧道を通り抜け白山神社さんに行きます。
白山神社さんには前にもきましたが、ひろい境内がとても気持ちよかったです。



守山探検隊20121103-12 守山探検隊20121103-13
守山城址、宝勝寺
守山城址は雑木が刈り込まれて山頂の石碑まで下から見ることができました。
ガイドボランティアさんが下見にいらした時には全然見えなかったそうです。
この道を行くとやがて矢田川が見下ろせる高台に出て、そこもかっては城跡と思われる
宝勝寺さんの境内に到着します。

本日の守山探検隊まちあるきはここで自然解散となりました。
私は途中で気になったところを再訪問するために、ほぼ同じ道を引き返し、
再び守山区役所まで徒歩で戻りました。

続きます。
[ 2012/11/04 09:32 ] ウォーキング | TB(0) | コメント(2)

守山区制50周年記念 守山探検隊

守山探検隊資料20121103-1
今回のパンフレット
守山区役所と守山探検隊の協働事業として、守山区制50周年記念コースまちあるき
イベントとして開催されました。

守山探検隊資料20121103-2 守山探検隊資料20121103-3
守山市・名古屋市合併記念碑、守山市役所跡を訪ねて
と題して、守山区役所を起点とする13ヶ所を巡るコースとなっています。
守山、守山役所、守山役所などと言葉の使い分けが紛らわしいのですが、
ご容赦ください。



守山探検隊資料20121103-4
実際のコースです
守山区役所を起点として、瀬戸街道に沿うように点在する史跡を訪ね、
約4.5km歩き、守山区の西端の宝勝寺さんで解散となります。

続きます
[ 2012/11/03 22:54 ] ウォーキング | TB(0) | コメント(0)

生玉稲荷神社(小幡)その2

生玉20120715-2-1
御寄附芳名板
夏まつりの準備が始まりました。
ご寄付を頂いた方々のご芳名を掲示します。あらかじめ氏名のプレートを用意し、
それを掲示板にはめ込みます。



生玉20120715-2-2
拝殿もきれいになりました
樽酒は地元の銘酒「東龍」ですね。



生玉20120715-2-3
福きつね様
お稲荷様ですから、狛犬さんではなくてお狐様です。




生玉20120715-2-4
お狐さま
福きつね様の上座にいらっしゃいます。




生玉20120715-2-5
左の社殿へと続く石灯籠



生玉20120715-2-6
電飾の準備
[ 2012/11/02 06:19 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)
FC2カウンター
プロフィール

加藤

Author:加藤
守山区在住の歴史、自然、イベントファンです。
散策仲間を常時募集しています。
ご連絡は右側のメールフォームよりお願いします。
記事に対するご意見、ご感想は各記事の最下行にあるコメントを押してください。

最新トラックバック