わが町 守山区 TOP  >  2012年10月

天王社(小幡山脇)

小幡南20121006-1
山脇の天王社さん
現在の住所表示では「小幡南3丁目17」になります。名鉄瀬戸線小幡駅から東に300mほど
行った線路の南側にあります。山脇というのはかっての小字です。



小幡南20121006-2
1982年の調査
市立守山東中学校のクラブ活動で取材した内容が「郷土の歴史」に掲載されています。
それによれば、小幡の他の多くの天王社が「農民が資金を出して建立」したのに対して、
こちら山脇の天王社は「地主が資金を出して建立」と書かれています。



小幡南20121006-3
1982年当時
このお社の背面の位置には「山脇の名物"にわとり小屋"」があったそうですが、
現在ではカーポートになっています。
もはや街中では時を告げるオンドリは飼えない時代となりました。



小幡南20121006-4

小幡南20121006-5

しばらくはこうして当時の中学生の調査研究をパクリますが、守山区の神社を一通り
巡り終えたら、個々に裏付け調査をしてみようと思います。
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[ 2012/10/31 06:40 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)

間黒神社(幸心)その3

間黒社20101008-3-1

間黒神社本殿
拝殿の真後ろ、ひな壇の最上段に本殿が鎮座されています。
昨日掲載の「間黒神社(幸心)その2」の間黒神社略誌によれば、社殿は水禍を避けるため
二間の盛土の上に座す、とのことでこの石段の意味もわかるというものです。




間黒社20101008-3-2
本殿左側の境内社
左側の扉が壊れているお社が御嶽神社、右側の朱塗りのお社が
津島社さまです。



間黒社20101008-3-3
本殿右側の境内社
左側(本殿側)から秋葉神社金比羅神社奥山神社白山神社さまです。



間黒社20101008-3-4
山神社
山の神様のお社です。こちらも周囲の地面より高くしてあります。



間黒社20101008-3-5
弁財天さまです
こちらは随分境内のはずれで、盛土も気持ち程度です。
[ 2012/10/30 06:05 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)

間黒神社(幸心) その2

間黒社20101008-2-1
神明橋
境内の真ん中に橋があります。下を流れるのは古川と途中で合流した八ヶ村用水です。
橋の向こう正面に見えるのが拝殿。
さらに拝殿の中を通って向うに見えるのが本殿です。



間黒社20101008-2-2
間黒神社略史




間黒社20101008-2-3
間黒神社についての口伝




間黒社20101008-2-4
手水舎
行事のとき以外には水抜きされているかも知れません。




間黒社20101008-2-5
鬼瓦



間黒社20101008-2-6
龍の彫刻
拝殿正面の鬼瓦から下に視線を移すと、龍の立派な彫刻があります。
龍の左右には虎の彫刻があり、それが次の写真です。



間黒社20101008-2-7

間黒社20101008-2-8
[ 2012/10/29 06:35 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)

間黒神社(幸心)

間黒社20101008-1
間黒神社 は、幸心の村社です。
やはり大通りに面している訳ではありませんので、グーグルマップを印刷して持参するか、
ナビのお世話になります。



間黒社20101008-2
鎮守の森 と言う言葉が似つかわしい、広大なご神域です。



間黒社20101008-7
上空から見ると・・・
19号線バイパス、準工業地帯、田畑の中に見事に長方形の森が残されています。



間黒社20101008-3
南側の正面鳥居
かってはこの鳥居から南に表参道が伸びていたそうです。



間黒社20101008-4
神明社の鳥居
間黒社の鳥居から少し東に神明社の鳥居があります。
鳥居の奥に見える築山が神明社さまです。



間黒社20101008-5
神明社
かっては別の場所に鎮座されていたのが、矢田川の氾濫により、この境内に遷座
されたのではないかとの口伝があるそうです。



間黒社20101008-6
百度石
大正13年の建立。
いつも不思議に思いますが、お百度参りって現実のものなんですよね。
どうしてもテレビの時代劇のシーンがイメージされますが、そんなに昔のことでは
ありませんね。

続きます
[ 2012/10/27 06:20 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)

斎穂社(大森)その3

斎穂社20121007-1
斎穂社さまの例祭です
2012年10月7日(日)、斎穂社さまで例祭が行われました。



斎穂社20121007-2
祭壇とお供え




斎穂社20121007-3
ご神職による神事
神事が始まりました。




斎穂社20121007-4
氏子の皆様
ご神職による祓詞奏上のあと、氏子の皆様の玉串奉納がございました。
私は玉垣の外からときどき写真を撮らせていただいておりましたが、
一番最後の氏子さんが手招きで私を呼び寄せ、一緒に付いてきなさいとのお言葉。
我が人生で初めての祭事経験となりました。



斎穂社20121007-5
後片付け
神事が無事終わりました。ご神職には隣接の大森新田集会所にお移り頂き、氏子の皆様は
てきぱきと祭壇や幟の後片付けをされました。
新田の氏子の皆さん、よいものを見せていただき、そのうえ奉納のお供まで加えていただき
ありがとうございました。
[ 2012/10/26 06:18 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)

斎穂社(大森)その2

斎穂社20120729-2-1
斎穂社さまの本殿です
中央が斎穂社さまの本殿です。左の赤いお社は天王社さま。右は大神宮さまとのことです。
例祭の時にはこの本殿前に祭壇をしつらい、神事が取り行われます。



斎穂社20120729-2-2
検藤流之碑
八剣神社にも同様の石碑がありますが、斎穂社の石碑の方がはるかに古く昭和6年5月の建立です。
碑文の「宗祖 松本伊左衛門」は大森に棒の手を伝えた人です。



斎穂社20120729-2-3
百度石
昭和52年の銘が見えます。年代からすれば、先代の石柱の代わりの建立かも知れませんね。
後ろに見える「行者有志」の尊名は、下の写真の裏面になります。


斎穂社20120729-2-5
観音様参拝記念碑
観音様信仰が篤い土地柄のようです。



斎穂社20120729-2-6
千手観音像
江戸時代中期の建立と下の縁起に書かれています。
お堂の中に掛けられている彩色の額もなかなか見ごたえがあります。


斎穂社20120729-2-4
千手観音縁起
この大森新田の観音信仰について詳しく書かれています。
今でも御詠歌の奉詠があるのでしょうか。拝見したいと思います。


[ 2012/10/25 06:05 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)

斎穂社(大森)

斎穂社20120729
斎穂社 という、変わった名前のお社が大森の新田にあります。
場所は市バス「八剣」バス停を交差点まで歩き、トヨペットを北に曲がり、
北西に一区画行ったところです。




斎穂社20120729-1
新田島の神様や観音様 に多く集まっていただいておりますので、
ちょっと手狭ですが、それだけに新田島の民間信仰の歴史が凝縮された場所でもあります。




斎穂社20120729-2
斎穂社由来の碑
祭神 大年神 御年神 御食津神 事代主神 大宮売神
例大祭 10月5日
 人皇第40代天武天皇の御代白鳳5年(673年)秋9月大
嘗祭にあたり 尾張の国 山田の郡 印場村渋川地内に悠
紀斎田を点定し斎庭の稲穂をここに移し積み新穀を精選し献
上した処にしてこの地に斎穂社を祀り鎮座せしむ 
明治11年
6月内務省令達に依り大森村八剣神社境外末社となる
現在地は大森土地区画整理組合の事業計画により旧神域が道
路敷地となった為昭和48年9月吉日此処を神域と定め遷座
して之を祀る



斎穂社20120729-3
地蔵堂と手水鉢



斎穂社20120729-4
地蔵堂
きれいに色付けされていますね。
土地の信仰の篤さがしのばれます。



斎穂社20120729-5
庚申塔
こちらも色鮮やかになぞられています。
[ 2012/10/24 06:31 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)

小幡緑地の秋

10月21日(日)、自然観察会の時間までに余裕があったので、緑が池周辺を
うろうろしておりました。
池には水彩画のように樹林が投影され、二羽の水鳥のV字型の波形が
崩れることなく水面に残るとても穏やかな朝でした。

木々の実は早くも赤く色づき、日中は暑さに腕まくりをしてはいても
やはり秋の到来を感じずにはいられません。


小幡緑地20121021-1

小幡緑地20121021-2

小幡緑地20121021-3
[ 2012/10/23 06:54 ] 公園 | TB(0) | コメント(0)

2012年 秋の水生園自然観察会

秋の水生園自然観察会が、2012年10月21日(日)小幡緑地公園で開催されました。
主催は小幡緑地管理事務所、協力が水生園を育む会となっています。


水生園20121021-1
緑ヶ池駐車場で今日のイベントの受付をしていただきました。
この日の参加は30数名で、全体を3班に編成して散策しました。




水生園20121021-2
水生園への案内板
この駐車所の横を通る金城学院への道を横切り、250m先に目指す水生園があります。




水生園20121021-3
水生園への入口
こちらの扉は9:00~16:00に開放されています。
この写真の背中側、つまり扉の道路はさんで向かい側に休憩所があるのが目印です。
園内は管理事務所の職員さんがときどき巡回されていますので、危険なことは
あまりないと思います。




水生園20121021-4
案内板があります
入ってすぐのところに水生園の案内板があります。
散策コースと保全のための立入禁止エリアの説明、季節ごとの植物の見どころなどが
書かれています。




水生園20121021-5
明るい木立の道を下ると
やがて保全地区のフェンスに突きあたります。ここをフェンス沿いに左に曲がります。




水生園20121021-6
指導員の先生の熱心なご説明
季節の植物から、自然林の構成までわかりやすく熱心に、またユーモアを交えて
ご説明をしてくださいました。




水生園20121021-7
ここから先は春・秋2回だけの公開です
ここから先は保全区域で立入禁止です。本日は春秋、年2回だけの自然観察会で
入園させていただきました。




水生園20121021-8
アケビがありました
これから秋が深まるにしたがって紫色が強くなり、地面を向いた下側がパクっと
縦に割れます。中にはバナナのような白い実がありますが、口に含むと種ばかりで
あることに気が付きます。ほのかな甘みが懐かしいです。




水生園20121021-9
水生園はむかし水田でした
荒れた休耕田を整備して、自然の力で湿地として回復できるように人間が
環境を整えてあげています。
先生が指さす写真右下の檻は、アライグマなどの有害外来生物の捕獲用わなです。




水生園20121021-10
シラタマホシクサがいっぱい咲いていました。
今年はうっかり見逃していましたので、見られてラッキーでした。




水生園20121021-11
トウカイモウセンゴケ
ほら、ここ、ここと先生がトウカイモウセンゴケを教えてくれました。




水生園20121021-12
楽しい時間は過ぎて
休憩所で本日のアンケート記入、質疑応答などがありました。
最後に柴田先生から自然との共生、今後の取り組みなどご説明がありました。
[ 2012/10/22 06:31 ] 自然観察 | TB(0) | コメント(0)

鳴海の宿散策

守山郷土史研究会の10月例会は、緑区の鳴海宿の散策というかたちで
開催されました。名鉄鳴海駅東口に14時集合、徒歩で約4kmくらいのコースを
見て回りました。


守山郷土史研究会20121020-1
宿場東端の常夜燈
鳴海駅からここまでは川沿いを歩いて、ここからいよいよ宿場町に入ります。
あたりにはキンモクセイのよい香りが漂う、絶好の秋の行楽日和でした。



守山郷土史研究会20121020-2
瑞泉寺さんでご説明を聞きました
初めは静かに拝観だけする予定が、とうとうご住職さままでお出ましいただき
寺号や歴史までご説明を頂いてしまいました(恐縮)



守山郷土史研究会20121020-3
善照寺砦跡で休憩
住宅街の中、坂道を延々と登ったところに善照寺砦跡があり、休憩をとり、
展望台に登ってしばし疲れを癒しました。



守山郷土史研究会20121020-4
浄泉寺さんの庭園
手入れの行き届いたきれいな庭園でした。私には手水舎の吐水龍が
面白かったので、機会があればご紹介します。



守山郷土史研究会20121020-5
高札場跡復元
同じ日本語なのにわからない文章です。
引率の先生によれば、普通の人にも馴染みやすいキリシタン禁制や、明治の維新について
書かれているそうです。そんなのがスラスラ読める人を尊敬しちゃいます。



守山郷土史研究会20121020-6
成海神社
芭蕉の句碑がありましたが、これも読めませんでした。
先生に言わせれば、きちんと正しく書いてあるそうです。
ここで一同お疲れのピークのようで、予定を少し残しておりましたが、
駅に向かうことになりました。
解散前に全員で喫茶店に入り一息つきました。
私は師と仰ぐ徳田さんのお近くでいろいろとお話を伺いました。

神明社(廿軒家)その3

神明社20121008-3-1
境内社・秋葉神社
守山区の他の神社で、境内社がこれほど立派な例は少ないと思われます。
きっと何か言われがあるのでしょぅね。



神明社20121008-3-2
文字塔というのでしょうか
道徳的な言葉がいくつかあるのも、この神社の特徴です。
読みは、「神明和心豊と手を合す」でしょうか。



神明社20121008-3-3
百度石
昭和15年に、皇紀2600年記念として建立。




神明社20121008-3-4
昔の社名碑でしょうか
神_宮は読めます。真ん中の文字が「明」なら神明宮となりまして、神明社と同意となり、
こちらのお社の旧社名碑とも解釈できますが。



神明社20121008-3-5
句碑ですか
写真からの判読だけですが、「ちりさくら、名をのこしたる、里かゞみ」でしょうか。



神明社20121008-3-6
戦災死没者追悼之碑

廿軒家はもともと特殊な土地で、江戸時代初期から尾張藩付け家老にして犬山藩主であった
成瀬隼人正の支配地でした。このあたりから四軒家のあたりにかけての広大な成瀬家の支配地を
維持管理し、併せて尾張公の定光寺参詣や鷹狩りの都度、街道の警護を担った特別な20軒の
集団の居留地でありました。
こちらの神明社さんは、その村社としてお祀りされてきました。
明治になって俸禄を伴う主従関係の崩壊と、連隊の誘致による外からの人口流入で
こちらのお社にお参りする人も変わったようですが、いまだに20軒のご子孫の皆様がお世話を
されていらっしゃるとのことです。
[ 2012/10/20 06:40 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)

神明社(廿軒家) その2

神明社20121008-2-1
廿軒家の神明社さまには・・・
参道が二つあります。一つは昨日ご紹介した県道に面して、交番横の正面鳥居から入る参道、
そしていま一つは本日ご紹介の集落から入る東参道です。
上の地図では、それぞれ赤い矢印と、青い矢印で示しました。



神明社20121008-2-2
こちらにも鳥居がありますが・・・
集落側から入る参道にも鳥居がありますが、ご覧の通り、神社へと続く車道が横を
抜けています。本来参拝は、鳥居の外で拝礼をして、鳥居をくぐるものですが、
うっかりすると舗装道路の方に進んでしまいます。



神明社20121008-2-3
山神さまの石碑がこちら向きと、写真奥向きの2基ありました。
ご神木のコンクリートの囲いには七福神が並べられてあります。
決してトンチンカンな場違いでもありませんが、どなたが置かれたのかユーモラスですね。




神明社20121008-2-4
手水舎の吐水龍
ご自慢のツノが折れてしまい、腕の付け根にくっつけてあるように見えます。
緑色のペイントは苔むしているイメージなのか、でもちょっと私的にはNGかな・・・



神明社20121008-2-5
守山龍神社
境内社です。中心部に龍、虎、鷹の縁起物の石像があります。



神明社20121008-2-6

今回も全部を紹介しきれませんでした。
また続きはあらためて。
[ 2012/10/19 06:38 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)

神明社(廿軒家)

神明社20121008-1




神明社20121008-2
千代田街道の守山交番の隣に神明社さんの鳥居と社名碑があります。
左側の箱モノは廿軒家会館です。守山区によくある、ムラ社+公民館スタイルです。





神明社20121008-3
鳥居をくぐると階段があり、その向こうに社殿が見えてきました。




神明社20121008-4
拝殿は白塗りで重厚な趣です
参道がゆるやかなスロープになっていて、坂の両側に手すりがあります。
車イスの方やお年寄りでも、参拝が苦にならないご配慮だと思います。




神明社20121008-6
幣殿があります
こちらのお社は境内に余裕があるためか、拝殿と本殿の間に廊下のような幣殿があります。



神明社20121008-5
本殿です
本殿の屋根は、いわゆる神明造になっています。
塀に囲まれていて、正面の直近まで進めないのが残念です。

今回は神明社さんの中心線をご紹介しました。
次回は手水舎、境内社、石塔などご紹介します。
[ 2012/10/18 06:07 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)

甕室明神 その2

甕室明神20121013-1
お堂の中のお社
お堂の扉は施錠されていますが、格子戸なのでお賽銭を入れることも、
お社を拝むこともできます。
床に埋め戻された甕棺は、このお社が鎮座している祭壇の内部にあるらしいのですが、
外からでは確認できません。


甕室明神20121013-2
この日は何人も立ち寄られていました
土曜日でしたし、中社古墳で説明会がありましたので、私が撮影している間に何人もの
方々がここを通られました。
よく見ると軒下に碍子が2個あります。かってここに電燈があったのか、あるいは電気を
引こうと計画だけしたけれども頓挫したのか、不明です。



昭和10年の新聞記事
引用は、「守山の遺跡と遺物」1984年、名古屋市博物館からです。
新聞記事


「志段味の自然と歴史」より転載します。
図書館にも蔵書されていますし、合本も市販されていますが、タイトルが「中世甕棺墓と
呪いの人形」となっていて、「東谷山」などのキーワードが含まれていないので、
読んだ記憶はあったものの、たどり着くのに少し苦労しました。
この資料はかなり興味深いものです。

今回の私の調査は「呪いの人形」と「甕棺墓」は未確認です。
真昼間、人通りがある時でないと、腰が引けるフィールド調査です(笑)

志段味の自然と歴史145

志段味の自然と歴史146

志段味の自然と歴史147

志段味の自然と歴史148
[ 2012/10/17 06:00 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)

甕室明神

東谷山20121013-0014
尾張部神社の外周に散策路があります。




東谷山20121013-0015
本殿を裏から塀越しに見ることができます。地図①
本殿に向かって丘陵になっています。本殿は東谷山の山頂古墳(円墳)の上に造営、
鎮座されていらっしゃいます。この墳丘にもトレンチが入れられ、葺き石の確認が
されています。




東谷山20121013-0016
下る道があります地図②
この道は、旧の参道らしいです。
自動車道ができる前に使われていたとか。



東谷山20121013-0017
甕室明神地図③
社名碑もなにもありません。
「志段味地区民俗調査報告書」によれば、「昭和14年ごろ、神社近くの道直しをしていた折、
人骨の入った甕が発見され、そこに甕室明神が祀られた(現存)。」とあります。

また、尾張戸神社 - Wikipediaによれば、「神社の北西側をやや下った場所に小堂があるが、
これは1935年(昭和10年)の参道整備の際に見つかった中世の甕棺墓を現地に埋め戻して
祀ったもので、甕室明神と呼ばれている」とあります。

引用元はおそらく1935年4月12日付けの名古屋新聞ですから、「志段味地区・・・」の昭和14年は、
誤りです。



東谷山20121013-0018
坂道を下ると・・・地図④
やがて山登りの時に見覚えのある場所に出ました。



東谷山20121013-0010
自動車道に接続していた階段路でした地図⑤
[ 2012/10/16 06:16 ] 神社 | TB(0) | コメント(2)

東谷山北側登山道 その2

東谷山20121013-0007
北側の登山道の続きです




東谷山20121013-0008
未舗装道路地図⑥
民家が途絶えたあたりから、道路は未舗装となります。
随分古そうな大きな廃棄物があります。もしかしたら離散した家屋の遺品かも知れませんね。





東谷山20121013-0009
通行止めのチェーン地図⑦
ここまでは道が狭いなりにも車で進入できます。
ただしすれ違いは至難です。ところどころに退避できるスペースはありますが、
すれ違いざまに睨まれる覚悟が必要です。そして運よく(?)チェーンが外れていて
車で更に進入できるかも知れませんが、下山時にチェーンが掛けられていたらアウトです。
アホな行動は慎みましょう。



東谷山20121013-0010
階段になっている山道地図⑧
道が大きくカーブしたところに階段になった登山道があります。
これはまた後日レポしますが、山頂の尾張部神社の裏に通じています。




東谷山20121013-0011
尾根筋に出ました地図⑨
右手に曲がります。かたわらに尾張部神社参道こっちの案内板があります。
左に曲がりますと、瀬戸方面への別の下山ルートになります。



東谷山20121013-0012
駐車スペースがあります地図⑩
この一番奥の自動車のところに、テーブルストーンと称される岩があります。



東谷山20121013-0013
山頂トイレ地図⑪
ここまで来たら山頂は視界に入ります。
素晴らしい眺望と、威厳あふれる尾張部神社をお楽しみください。
[ 2012/10/15 22:50 ] 区内の山 | TB(0) | コメント(0)

東谷山北側登山道

東谷山20121013-0001
東谷山への登山ルートは、いくつかあります。登山者がどちらから、
どの交通手段で来訪されるかで、どの登山ルートが便利かをご判断いただけます。
また、健脚向けのルート、体に楽なルート、最短ルートなどで選択するのもありです。
そんな中で、今回ご紹介のルートには次の特徴があります。
・JR高蔵寺駅から便利
・登山道に階段が無い(道路のみ)
この道は山頂までの管理者用の自動車道ですから、人が歩くには道幅は広く、
登山利用者も比較的多いです。




東谷山20121013-0002
東谷橋南交差点 ここを起点にご案内します。上の地図で①のところです。
高蔵寺駅から約800m、徒歩10分の距離になります。
バスは高蔵寺駅の南口から「ゆとりーとらいん」大曽根行きに乗車、東谷橋まで5分くらい、
200円です。写真は高蔵寺から乗ったユトリートラインを下車するバス停です。
守山区中心部方面からは、同じく「ゆとりーと」で東谷橋下車です。
上の写真の交差点が東谷橋南で、山登りは交差点を東側に、庄内川に沿って県道を歩きます。


東谷山20121013-0003
ベルパーク21 東谷橋南交差点から、県道の歩道を歩き約300m、5分くらいで
このホテルの3差路交差点に到着します。この交差点を県道から分かれて右に折れます。
道は住宅街へと登り坂になります。同じく上の地図で②のところです。




東谷山20121013-0004
道なりにまっすぐ歩くと約100mで、最初の十字路に差し掛かります。
少し変則十字路ですが、道路左端の電柱に雨宮農園とか、うなぎの八勝とか看板が出ています。
この交差点も道なりにまっすぐ進みます。道路が急勾配になりますので、スリップ防止のため、
コンクリート道路に丸いスリットが入っている道に進むのがポイントです。
地図では③になります。



東谷山20121013-0005
行き止まりの看板
約300m、5分ほど歩くと、道路の左端に行き止まりの看板が現れます。
これを見るとちょっと不安にかられますが、これで大丈夫です。
この看板まで来たら、道が合っていたと安心しましょう。地図④です。



東谷山20121013-0006
さらに100mで・・・
「車上狙いにご注意!!」の看板があります。地図⑤参照。
先ほどの行き止まりといい、この車上狙いといい、どうしても自動車に入ってほしくないので
あるいは駐車、放置してほしくないので、ちょっと抑止効果めいた内容になっているのかも知れませんね。
ここまでは地域住民のための舗装道路になっていますが、この先少しのところで道路はがたがた道に
なります。次回に詳しく書きますが、車での登山道進行はどうか御遠慮願います。
[ 2012/10/14 17:51 ] 区内の山 | TB(0) | コメント(0)

10月13日

東谷山中社古墳 発掘調査現地説明会が10時からありました。
今回は東谷山の北ルートで登りました。他のルートと違って、自動車道を歩きますので、
足腰への負担が柔らかで、ほとんど休まずに山頂まで登ることができました。
また後日書きますが、自動車が通れる道ですが、通行できるのは車止めのカギを持っている人だけです。
一般の人は通行できませんし、仮に車で山頂まで登れても、帰りも車止めが施錠されていない保証は
ありませんから、無謀なことはしない方が良いと思います。

説明会の見学に訪れた人は30名くらいでしょうか。
私は山頂古墳の説明会と、今年の中社古墳の説明会に参加しましたので、特別目新しい知見には
気が付きませんでしたが、今回は各トレンチごとに最前線まで近寄れる工夫がされていましたので、
過去に遠くからしか見られなかったトレンチがよく観察できました。

白鳥塚古墳プレ見学会 が13時からありました。
市バスの東谷山バスターミナルのすぐ近くでした。
今までは雑木や雑草におおわれていて、敷地内に立ち入ることははばかられましたが、
この日に合わせて、低木の伐採、枯れ木・枯れ枝の撤去、下草刈りをしていただき
墳丘の裾を一回りできるようになりました。
かってこの古墳は石英が敷きつめられていて、遠くから見ると白鳥のように見えたのが、
名称の由来ではないかとご説明がありました。
[ 2012/10/13 23:31 ] 日記 | TB(0) | コメント(0)

八劔神社その4

八剣神社20121006-19
大弁才功徳天の案内板
この道は裏参道で、金城学院大学の正門近くに降りてゆく道です。



八剣神社20121006-20
弁天さまです
金城学院大学の通りに降り切る前の踊り場に弁天様がお祀りされています。
自然石で囲んだ祠の中に本殿があり、左に石仏、ごりん塔が2基、右に石塔、石柱があります。



八剣神社20121006-21
本殿のご様子です
内部は「さざれ石」のような、しかし酸化鉄っぽい色合いもあるので「鬼板」のような壁に
なっています。そこに神様が鎮座されていらっしゃいます。
お花とお水は毎日お世話をされていらっしゃるようですね。



八剣神社20121006-22
これは?
これは常夜燈でしょうか?
左側の小窓が+型というか十字架になっているのが興味深いです。



八剣神社20121006-23
ごりん塔




八剣神社20121006-24
石仏
きれいにお世話をされていらっしゃいます。
[ 2012/10/13 11:50 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)

八劔神社その3

八剣神社20121006-13
拝殿前を左へ行くと・・・
境内社の秋葉神社、天王社、御嶽神社への案内板があります。
かたわらの石碑は、平成18年度の厄年記念に、拝殿前に石畳一式を奉納した記念碑です。



八剣神社20121006-14
秋葉社と天王社
なんと鉄骨づくりの覆い屋根の下に鎮座されています。
ここは南斜面の山の上ですから、台風による強風は大変なものです。



八剣神社20121006-15
御嶽神社の築山
整然と並べられた霊神碑と、頂上にお社、不動明王も見られます。
お賽銭箱の左後方に「錫杖」が15本奉納されていました。
御嶽登山で手となり足となってくれた錫杖を、こういう形で奉納するのは初めて見ました。




八剣神社20121006-16
天神社 近道の案内板
何がどのように近道なのかはよくわかりませんが、この道を行くと天神社さまの鳥居よりも
内側に入ってしまいます。私は信仰心というよりも、カメラアングルを考えて、一度鳥居の
外に出て写真撮影をさせていただき、そののちにあらためて中に入りました。



八剣神社20121006-17
天神社さま全景
鳥居の内側に天神さまならではの一対の牛があります。
また写真には写っていませんが、右側には筆塚と古筆納所がありました。




八剣神社20121006-18
絵馬はもちろん菅原道真公です
よく見ると牛さんの後方におみくじが結わえてあります。

八剣神社さんは本当に奥が深いです。
次回は、弁財天さまをご紹介します。
[ 2012/10/13 06:38 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)

八劔神社その2

八剣神社20121006-7
拝殿前にやってきました
ちょっとした山登りの気分です。拝殿前にはこれまた多くの石碑などがあります。



八剣神社20121006-8
神馬と献馬台
元々は昭和5年に厄年記念として神馬が献納されましたが、昭和19年に大東亜戦争のため
供出されたのを、昭和49年になって改めて厄年者によって再現されたそうです。
秋の例大祭では、この下の広場で棒の手の奉納があります。



八剣神社20121006-9
検藤流棒之手碑
秋の例大祭に奉納される棒の手には多くの流派がありますが、大森ではこの石碑の検藤流が
継承されています。また、愛知県の無形民俗文化財にも指定されています。




八剣神社20121006-10
百度石
守山区には数は多くないものの、広く分布しています。
お百度参りの願掛けの石柱で、百度石を起点にお参りし、再び百度石に戻ります。
これを100日繰り返したり、短期集中で100回繰り返したりしました。



八剣神社20121006-11
多賀神社
拝殿前を右手に行くと多賀神社の案内板があります。
他の神社では、境内社の扱いは決してよくはありませんが、こちらではとても親切ですね。



八剣神社20121006-12
多賀神社のお社です
お多賀さんは守山区では他に見掛けなかったように思います。
どういうご縁の勧請なのか、またわかったらご報告します。

次回、引き続き境内社のご紹介をします。
[ 2012/10/12 06:57 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)

八劔神社(大森)

八剣神社20121006-1
八劔神社さんは、名鉄・瀬戸線の大森・金城学院前駅を降りて線路を渡ると
目の前にある立地の良さです。



八剣神社20121006-2
山の山頂から南斜面を使った広大な村社で、市道に面した表参道には社名碑、由緒書き、石灯籠、
記念碑などが立ち並んでいます。




八剣神社20121006-3
階段を見上げると、幾重にも重なった鳥居と、いったい何対あるのか狛犬の姿が見えます。




八剣神社20121006-4
最初の鳥居をくぐると、右手に社務所がありました。




八剣神社20121006-5
手水舎で手や口を清めます
こちらの吐水龍は先日ご紹介をさせていただきました。



八剣神社20121006-6
長い階段を登り終えると、目の前には石造りの、まるで衝立のような蕃塀(ばんぺい)が
あります。守山区では大変珍しいものです。下部の羽目板には、左右に獅子、中央に虎を配した
スタイルです。


次回は拝殿、境内社をご紹介します。
[ 2012/10/11 06:34 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)

10月8日

10月8日(月曜、祝日)は、私は本来は休日勤務が予定されていましたが、
前日の10/7、斎穂社さまで神事を見学している最中に携帯電話のバイブが振動し、
予定が無くなった旨の連絡が入りましたので、いつもの休日のようにカメラと住宅地図を
もって、守山区巡りをしました。

最初に瀬戸街道瓢箪山のピアゴにある100均ダイソーに行き、メガネのひも、携帯電話の
ストラップ、名札ホルダとストラップなどを購入。
名札ホルダに入れるプライベートな名刺は、パソコンショップで名刺作成専用の用紙を
買って、自宅のプリンターで印刷してみました。思ったよりも簡単にキレイにできて満足です。
この名刺を名札ケースに両面に入れて、ストラップで首にぶら下げると、あやしさ満点だったのが
多少善良に見えるのが不思議で面白いです。

最初の訪問地は廿軒家の神明社さん。
珍しい石造物や、ユニークな文字碑がありました。境内のお手入れはよく行き届いていて
気持ちが良かったです。

そのあとは瀬古、幸心地区の天王社さん巡り。
個人さんの屋敷内の稲荷さまや、地蔵堂もありました。刈り入れられたばかりの稲もゆっくりと
撮らせていただきました。

高牟神社さんでは思いがけず秋祭りでラッキーでした。
間黒神社さんではもう日が傾いていていましたが、行きたいところはリスト全部をこなせて
満足しました。

どこかの天王社さんでは、お社のお隣のおばあちゃんにご挨拶したら、長々とつかまってしまい
大変でした(笑) でも名刺カードに気が付いてくれました、嬉しかったです。
今週末は東谷山中社での古墳説明会と、白鳥古墳のプレ公開があります。
ここにもまた名札カードをぶら下げて参加します!
[ 2012/10/10 06:36 ] 日記 | TB(0) | コメント(0)

暑いけど秋ですね

風物詩20121008-1
「大永寺南」交差点から東に入った永森町で天王社さまを探していたら、
畑の中にパンパスグラス(西洋ススキ)の大株がありました。2~3mもあったでしょうか。
存在感抜群です。




風物詩20121008-2
「瀬古中島」交差点から東に入った八ヶ村用水の柵に天日干しされている稲。
一見無防備で不用心のようですが、これでも誰も盗らないし、壊しもしません。
スズメやネズミはいるかも知れませんが・・・(笑)




風物詩20121008-3
おやぁ~目を細めちゃって
お昼寝の最中を起しちゃったかな、ここを通って新守西の天王社さんまで行きました。
久しぶりに秋の風情に浸りました。川村あたりでは主要道からは、だいぶ稲田が消えましたが、
中央本線より西側ではまだまだ健在です。ありがたいことです。
[ 2012/10/09 22:36 ] 風物詩 | TB(0) | コメント(0)

高牟神社(瀬古)

高牟神社20121008-0
国道19号線 の瀬古口交差点を北西に折れて、400mくらいで神社の駐車場があります。
石山寺と言う大きなお寺さんのお隣です。
神社の南側は矢田川の堤防で、対岸は北区の上飯田です。


高牟神社20121008-1
堤防道路側から鳥居 を見ます。さらに延長上に拝殿、本殿と並びます。
この日(10月8日)は秋まつり、露店が立ち並んでおりました。



高牟神社20121008-2
東側からの入口
社名碑と一対の石灯籠が見えます。



高牟神社20121008-3
拝殿には提灯、紫色の神前幕がかかり、宮司さんの最終チェックも滞りなく・・・
守山区瀬古の高牟神社は、式内社尾張121座のうち、春日部郡12座の一つとされる
大変由緒のあるお社です。




高牟神社20121008-4
おみくじが椿の枝に 結わえてありました。
守山区のお社を毎週のように拝見しておりますが、このおみくじが結わえつけてある
当たり前の光景を見たのはもしかしたら初めてかも知れません。




高牟神社20121008-5
熱田社、金比羅社 の境外社二社も飾りつけとお供えがございました。



高牟神社20121008-6
西側には靖国社さん が境外社としてございます。
明治時代の資料には、境外社は熱田社、金比羅社さんの二社のみでしたから、靖国社さんは
太平洋戦争の頃に勧請されたかも知れませんね。




高牟神社20121008-7
19号線瀬古口から 来ると、この駐車場が目印となります。
[ 2012/10/09 06:45 ] 神社 | TB(0) | コメント(2)

お地蔵様(翠松園)

翠松園20121007-1
翠松園 のお地蔵様
金城学院大学の坂道を登り切り、左に曲がると翠松園の高級住宅街になります。
その傍らにお地蔵さまがいらっしゃいました。
台座に「法界萬霊」と書かれています。世界中の御霊を宿していらっしゃるという意味なのでしょうか。
供花がまだ新しいです。きっと近所の方々が篤くお世話をされていらっしゃることでしょう。




翠松園20121007-2
後ろからのお姿です
昭和11年4月建立の文字が見えます。
その時から、現在の場所にいらっしゃるのでしょうか。



翠松園20121007-3
道端にクリの実が・・・
まだまだ半袖で生活しておりますが、季節は秋なのですね。




翠松園20121007-4
サッカーボール のような赤い実はヤマボウシの実でしょうか。
春に咲く似たような花のハナミズキの実は、グミとかクコのような砲弾型をしていますが、
実になるとまったく違う形になるのは面白いものですね。
[ 2012/10/08 06:50 ] お地蔵様 | TB(0) | コメント(0)

10月7日

20121007-0.jpg
秋まつり
10月になって、あちらこちらでお祭りがあります。
小学校の運動会、町内の子供会のお神輿などなど。
本日は二つのお社の祭礼を見学させていただきました。
はじめ八龍祭の時間がわからなくて、たまたま八剣神社さんの鳥居下で清掃奉仕をされて
いらっしゃった氏子さんに時間を教えていただき、あわせて見学のお願いをさせていただきました。

まだ随分時間がありましたので、帰宅しないで古書会館の倉庫販売に行きました。
「名古屋市指定文化財目録」、「地域に根ざす 歴史指導資料集」この2冊がどちらも100円!
「写真集春日井」、「愛知の文学碑」、「猿猴庵の本」が各500円なりでした。。



20121007-1.jpg
八龍神社
14時から大森八龍の八龍祭を見学させていただきました。
氏子総代による祭礼なので、部外者は遠慮すべきところを厚かましくも見学をお願いしたしだいです。
こころよく見学させていただき大変感謝申し上げます。
守山区の郷土史として、次の世代に語り継ぐべく、努めたいと思います。



20121007-2.jpg
斎穂社
続けて午後3時から瀬戸街道に近い斎穂社さまでの祭礼にもお邪魔をしました。
やはり少し離れたところから見学させていただこうとしたら、手招きをいただき、
皆様のすぐ後ろで見学させていただきました。
最後には玉ぐしの奉納にまたまた手招きを頂き、あろうことか、ずうずうしくも祭壇の前に
進みださせていただきました。
皆様の温かいお心づかいに重ねて感謝申し上げます。



20121007-3.jpg
大森寺
帰り道に大森寺さんに立ち寄り、彼岸花の写真を撮らせていただきました。


夕食は外に出て、春日井の豊月さんで蕎麦を食べました。
千種豊月さんのご親戚(?)とのことで、大きなかきあげを堪能しました。
〆の蕎麦湯までいただき、久しぶりに蕎麦を食べた気分に浸れたと家族も満足げでした。
[ 2012/10/07 20:42 ] 日記 | TB(0) | コメント(0)

小幡緑地の高射砲陣地

現在地20121007-1
高射砲の陣地
太平洋戦争中、小幡緑地の山には高射砲の陣地がありました。
しかし戦後67年が経過して、そこに戦争遺産の立て看板でも無い限り、場所を特定するのは
年々難しくなり、ご存知の方々の記憶も風化してきます。



愛知の戦争遺跡ガイド20121007-2
愛知の戦争遺跡ガイド という文献に所在地が掲載されていました。
高射砲の陣地は2ヶ所にあって、片方は現在は駐車場になっているようです。
これは大きな手掛かりです。では、もう一ヶ所は・・・


1985郷土の歴史20121007-3
守山東中学校 の「郷土の歴史」に、1985年当時の中学生が、
地元の古老に聞きとり調査をしたレポートが掲載されていました。
それによれば、現在の殉国慰霊塔のある場所に第2中隊があったとのことです。
高射砲陣地の場所特定はプロットされていませんが、これも大きな手掛かりです。



縮小1948米軍USA-R1595-1
1948年の、米軍航空写真 でこれらを見ると、確かに現在の駐車場にほぼ円形の
陣地らしきものが見えます。また現在の殉国慰霊塔のあたりにも建物らしきものがあります。
しかも両者の間には別の陣地のような塊と、その南側、池の近くに兵舎のような建物が
たくさん写っています。「愛知の戦争遺跡ガイド」と守山東中学校の「郷土の歴史」の記述を
裏付けるような写真証拠が得られたと思います。

とりあえず、これを取りかかりに調査を進めてまいります。
[ 2012/10/07 06:27 ] 戦跡 | TB(0) | コメント(0)

10月6日

午前中に老母とともに松河戸の西友に買物に行き、一度帰宅してから私もふらふらと外出。

2週間前に借りた本を返しに春日井図書館へ。
春日井まつりの準備が始まっていました。今回は借りてくる本はありませんでした。

小幡緑地公園内の高射砲陣地跡地の下調べ。
地下1階ほどもある砲台の巨大な基礎台座は解体、撤去できないことはないにしても
できることなら解体しないで誤魔化したいと考えるなら、手っ取り早く上に何かを
作ってしまえばよいわけです。
なるほど2基あった砲台に対して、妙に円形な駐車場と、妙に台座の大きい殉国慰霊碑が
ありますな、ふむふむ。

八龍から翠松園を通って大森へ、八剣神社さんを再訪問。
今回は丁寧に(?)下から順に狛犬さんを一対ずつ写真撮影。7ペアございました。
こんなに狛犬さんがたくさんいる村社も珍しいです。
今回は境内社さんもできる限り撮影しました。
明日10/7は午後2時から八龍社での八龍祭と、午後3時から斎穂社での斎穂祭、
10/21は例大祭で、氏子の方々も入れ替わりご準備にいらっしゃっておられました。

そのあとは大字小幡の天王社巡り。
守山東中学の「郷土の歴史」誌、おそるべしです。
自力ではわからない場所ばかり。こんなところにあったのかと驚きの連続。
歴史のある外観の民家も多数。
中学生の研究成果のパクリはいけないけど、天王社も、高射砲も研究すごすぎ。

最後に守山図書館へ。
鶴舞中央図書館で見落とした守山東中学の「郷土の歴史」誌の記事がないかを
再確認しました。今後役に立ちそうなネタ、いえ研究成果がたくさんありましたが、
それはまた次にコピーさせてもらいましょう。

明日は八龍さんと斎穂さんの神事を見たい気持ちもありますが、古書会館での一般販売も
ありますので、ちょっと時間割を考えないといけませんね。
[ 2012/10/06 18:04 ] 日記 | TB(0) | コメント(0)

生玉稲荷神社(小幡)その1

生玉20120715-1
生玉稲荷神社さんは、守山郵便局を利用すると、一方通行路に入るため
わりとよく真ん前を通ることになります。今回のご紹介は、あえて瀬戸街道から稲荷さまの
表参道に入って道すがらの石標を眺めてみましょう。



生玉20120715-3
瀬戸街道小幡の、東春信用金庫さんと米勝商店の間の一方通行路を、北へ曲がるとすぐに参道を
示す石柱があります。この道標はまだ新しく、南向き正面には「正一位 生玉稲荷神社参道」、
北向き裏面に「平成十年一月一日建立 奉納 大島粲 大島将男」と書かれています。




生玉20120715-2
いなりみちと書かれたこの道標は古そうです。
北向きの裏面には「大島宇吉」と書かれています。
大島宇吉氏は中日新聞の創始者にして、衆議院議員を務めた政治家でもあります。
守山区の名士中の名士ですね。



生玉20120715-5
正一位生玉稲荷神社こちらも古く、東面には「大正二年三月建之 
明治十五年生同年者」と書かれています。
元々は小幡字南島81にあったのが、現在は守山郵便局の横にあります。



生玉20120715-4
生玉稲荷神社さんに到着しました。
この日(7月15日)は夏まつりの準備の最中でした。その様子はまた続きで書きます。
[ 2012/10/06 07:17 ] 神社 | TB(0) | コメント(0)
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プロフィール

加藤

Author:加藤
守山区在住の歴史、自然、イベントファンです。
散策仲間を常時募集しています。
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